釈徹宗先生の講演会その2です。

中間に落語のお話がありましたが、
先に後半を記録します。

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私が20代の時、Hさんという立派な念仏者がいて、尊敬していた。(Hさん、50代くらい?)

一番下のお子さんが末期の病気になり、
治療したが、残念ながらお亡くなりになり、

毎月Hさんの家におつとめに行く。

ある日おつとめをはじめる前に
Hさんが割と大きな声で

「しかし、あかんなぁ」

と、おっしゃった。

おつとめが終わったあと、「あれはなんのことでした?」とたずねてみた。

Hさんは「そんなん言った?」どうやら無意識に出た言葉のようだ。

Hさん「忘れてくれ」「言いたくない」というが、
これはもうなにがなんでもきいてやろうと。

「ええー、恥ずかしいな」Hさんは話してくれた。

「私、いくらお説教をきいてもあきませんわ」

「お説教で仏様にお願いしたらあかんって言うでしょ?」

(仏教は欲が整っていくことを目指す。お願い事は欲が広がっていくことなので、仏教的ではない)

「ずっとそうやって聴いてきたのに」

「いざ自分の子が末期やってきいたら」

「なんとかしてくれ、ってお願いした」

「だから私はいくら聴いてもあかん」

胸を打たれた。
少なくともちっとも駄目だとは思わなかった。

あまりの強い悲しみの前には
習い覚えてきた教えなんかふっ飛んでしまう、ということが起こる。

そういう自分を抱えながら生きていく。

Hさんは、長年聴き続けてきたからこそ、
あんなに聴いてもダメなんだという自分がありありと見えた。

そのことに胸が打たれた

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私は少なくとも子どもに先にいかれたという点ではHさんのお気持ちはわかりますが、

亡くした時点でなんの信仰も持たなかった私と、

長年「南無阿弥陀仏」と称えてきたHさんとでは、

「私はあかんわ」の言葉の意味の深さは、

もうほんと、全然ちがう。

私はちょっと前なら

なんか救いがない話だなぁというような受け取り方をしたかもしれないですが、

今はうまくいえないけど、釈先生の胸を打たれたというのが分かる気がしました。

結局、どんなに習い覚えてきたことも
強い悲しみの前には全部吹っ飛ぶのが人間なんですよね。
Hさんのその途方のないつぶやきのシーンに釈先生がおられる。

そんな私だからこそ仏様が救ってくれる
(というのは、まだ私は実はわかんないんだけど)

そんな強い悲しみの前には全部吹き飛んでしまうような私達が手を取り合って生きていく、というのは、わかるんです。

私はご同行って言葉を小山さんに教えてもらったとき、いい言葉やなって思ったんです。

その1の方で書いた私の願望
「仏様に救ってもらえます」と言われるより「なんとかするから」と言われて死にたい。

これも別におかしいことじゃないな?と思った。

どんだけ仏法を聞いててもそれが全て吹き飛んでしまうような大きな悲しみを前に、
やっぱもう一度その道を歩む力を勇気をふるいたたせてくれる人がいて、
また歩けたりするってこと、あるんじゃないかなぁ。

人が人を救うことと、仏様が救うこと。もちろん同じではないけど、
別に相反してもないと思いました。(怒られる事案?)

わかったような気になったり
お任せできているような気になったり、
全然あかんわと思ったり、
あの人の言葉で助けられたと思ったり、 
感謝したり、恩を返したいとか、
そんな思いをめぐらせながら、人は人の中で生き、
最後はそれ全部手放してひとりで死ぬんですよ。

それが生きるということであり、死ぬということ。

怒られ覚悟でもっと言うと、
死んだら塵になるというのと、お浄土に行くというのも、言葉の違いだけで大きな違いはないんじゃないかとか、思ったりしてます。

そうすると南無阿弥陀仏って私であり、
私は南無阿弥陀仏の中ってことですよね(違うのか)
 
釈先生にそう言ったら、
「その考えは〇〇に近い」と教えていただいたが、
肝心の〇〇の名前が出てこない😣
(後におたずねしたところ、一遍上人というかたでした)

何か書きたい放題書いてますが、
あの釈先生のありがたいお話をだいぶ変な解釈してる!と思う方もおられるかもしれません💦
今の時点での私の思うことはこんな感じです。
まだスタートラインでもじもじしてる感じなのかもしれないです😅

(まだ続くんです)