晴子を亡くして何年かして、
晴子を失った悲しみは、
もはや喜びと等しいな、と
思ったんだよね。
なんでそう思ったんだったかなあ。
思い出す。
嬉しい事があった瞬間とか心躍る瞬間とか、
生きてるなってのが瞬いたとき、その光がいっそうはるちゃんが死んだことを際立たせて、
嬉しいのに悲しくなる。
反対にはるちゃんが死んで悲しい悲しいと思う気持ちも、結局私のストーリーで、はるちゃんのじゃない。
私が自分の人生を味わっているにすぎないなら、
これはもはや悲しい悲しいっていう喜びだ
みたいなやつ。
思い出せた!