信じるというのは
こういう事実がある、
こういう事実がある、
だから私はこれを信じる、という「信じる」もあるけど、
本当のことなんてなにひとつわからない、
なんにもさだかでない場所に立つ自分が、
どっちに向かって歩いていくことを決めるのか?
ということでもあるのではないか、
と思ってみたりもしました。
こっちにはなんもないかもしれんなぁ、
あってもそれを信じられる自分になれるかはわからんなぁ、
それでも
なんにもわからんのに、そっちに向かってみようと出した一歩は
信じてやっていいような気もする。