晴子が亡くなったのは5年前の今日
午前2時くらいだった。

その夜、ひろの入園準備の袋やランチョンマットをミシンで縫っていた。
冬なのに座布団も敷かないで、夏みたいな格好して夜ふかししていた。

午前2時頃、ビクビクッと
跳ね返るような大きな胎動が2回。

そのまま寝て、起きて、
昼くらいに胎動がないことに気付いて受診。
亡くなってると宣告された。

午前2時、あの大きく動いたのが、晴子の最後の瞬間だった。

死因は臍帯の血栓、つまり窒息。

母に元気じゃない子は生みたくないと言われ、最後は母体からの酸素も止められた。

私が首を絞めて殺したようなものだ。

あの時、息ができなくて、苦しくて、もがいたのだろうか。

私は、死んでもその先があるなんて、ほんとは全然信じてない。
晴子が仏様になったなんて、そんなの私には全然分からない。

私が救われるかどうかは、興味がない。
救われたくても救われたくなくても救ってもらえます、と言われても、
別にどっちでも、いい。

あの時、晴子は苦しかったのか
息ができなくて、苦しかったに決まってるけど、
もし、あの時晴子は苦しくなかった、安らかにいけた、という事実がもらえるなら、
私は今すぐ私のすべてをなげうってもいい。
それほど、それがほしい。私がほしいのは、それなの。

でもそれは、絶対に手に入らない。
それは、私が知る事のできる領域にはないから。

そんなふうに思っていると、次に気付かされるのは、
私の願いは
死ぬ時晴子が苦しくなかったのだったらいいのに、のいうもので、
晴子が死ななかったら良かったのに、ではない、ということだ。

晴子の死の上に、ゆきのがいて、
晴子の死の上に、コウキがいる。

晴子が死んでなかったら産まれなかった2つの命と、晴子の命とを天秤にかけたら、

私は今生きている2人を選ぶ。迷い無く。

私はむしろすがすがしいほどにそういう人間である。

だから、私はなにをとってもどこをとっても
晴子に謝ることしかできない。

晴子を亡くしたその日から、
5年経った今も、

晴子に「こんな母親でごめんなさい」と
ただひたすら謝ることしかできない。

本当は愛してたとか、生まれてきてくれたらきっと大切してたとか、口が裂けても言えない。

苦しい思いをさせて死なせた上、
ただ生命が発生して死んだという、シンプルで美しい晴子の生と死そのものさえも、
私は今まで散々自分の都合で汚しまくってきた。
だからせめて、あとで私が付け足しまくった全部を取り除いて、
愛しい気持ちとまっさらな晴子だけにして、
晴子の魂を解放してあげたいと思っていた。

でも全部剥ぎ取って残るのは、
本当に愛しいと思う気持ちなのだろうか。

息ができなくして死なせておいて、
それなのに、苦しくなく死んだんでありますようにと祈り、
死なないでいてほしかったとは願わず、
死んでくれたおかげであと2人も産めましたと、
今がとても幸せですと言っているも同然の私に

晴子を愛おしく思っています、と言う資格が自分にあると思える日がくるのだろうか?

私は晴子を愛おしいと思っていいのだろうか。