2015/3/15当時
悠季乃妊娠中に考えていたこと。
《赤ちゃんは戻ってくるのか》
胎動をかんじはじめたくらいから
ふつふつと私の中に芽生えてきた気持ちがあった。
晴子を亡くして、悲しみから逃れるようにすぐに不妊治療に突っ走った私。
だけど、晴子がまた戻ってくるように、という気持ちではじめたわけではなかった。
子を亡くしたお母さんの中には
「またお腹に戻ってきますように」という表現をされる方もいる。
私は、そういう考え方はしていなくて
あくまで晴子と次やってくる赤ちゃんは別、という考え方だった。
だけど、それは両方の考え方をちゃんと吟味して後者を選択したわけではなく、
もともと自分のベースにあった死生観から、自然とそういう考えになったというだけだった。
胎動をかんじはじめ、赤ちゃんからの「ここにいるよ」のサインが明確になりはじめて。
ふと思った。
「赤ちゃんが、もし、戻ってくるということが本当にあるのならば。」
「お腹のこの子がはるちゃんっていう考え方もあるってことなのか。」
そのことを考えはじめたら。
今までこんなに頭がおかしくなるくらいに
晴子との出来事を考えて考えて
考えつくしたと思ってたのに
なぜそこの部分については何の葛藤もなかったのか、と思うくらい
いろんなものが噴出してきた。
晴子の水頭症が判明し、
障がいのある子かもしれない、寝たきりの子かもしれない
そういう、将来がわからない恐怖から
「元気じゃない子は産みたくない!」と夫に泣いて訴えた。
それからまもなくして晴子は心臓を止めた。
晴子は私に拒絶されたから去っていったんだ
晴子の死は私が望んだことじゃないか、
私が殺したも同然だ。
ずっとその気持ちは消えない。
もし、今お腹にいるこの子が晴子だったとしたら?
病気があるとママは私を受け入れられないって言ったから
今度は元気な身体で生まれなおそう
そうやって戻ってきたのかもしれない。
私と晴子のケースだとその考え方はつじつまがあうこともいっぱいある。
でも・・・
もしそうなら、じゃあ今私の目の前にある晴子の骨はなんだろう?
あの出来事はなんだったのだろう?
そして、もしそれが真実じゃなくて
今お腹にいる子はまったく晴子とは違う子なら
晴子の生まれなおしだと私が思っていることはこの子にとっては悲しいことなはずだ。
じゃあ、やっぱり「赤ちゃんが戻ってくる」という現象はいっさい起きないということだとしよう。
それは生まれ変わりとか来世なんてものは無い、死んだらもうおしまい、ということを認めることになる。
そうしたら、晴子はもう二度と生を受けることはない。
母親である私に拒絶されて、この世の景色を一度もみることなく
お腹の中で亡くなった晴子に
もう二度とチャンスは与えられない
そう思うと、あの子がかわいそうでかわいそうで
涙が止まらなくなる。
有名な産科医 川鰭市郎先生の言葉でこんな言葉がある
「意味のない命など 1つたりともない」
その赤ちゃんがいたことで、ご夫婦は向かい合って子どもや家族のあり方について一生懸命話し合う。
その赤ちゃんがいなければ語らなかったことについて語り合う。
それはご夫婦にとって、大きな物を残すことになる。
だから80年生きた命も、10分で亡くなった命も、生まれてきたときには心臓が動いていなかった赤ちゃんも含めて、
生まれてこなかった方がよかったという命は、ひとつもない
この言葉に救われて、支えられた部分はたくさんあった。
だけど、今はこういう疑問がある。
私にとって晴子の命は、議論の余地もないほどに意味のあるものだった。
人生が変わるほどのものをあの子は遺した。
その部分では先生のおっしゃるとおりだ。
だけど、それはあくまで生きてる側からみての話。
晴子にとって、晴子自身の、人生と呼べるかわからないほどの短い命は
何か意味を見出せるものだったのだろうか?
最期、母親に受け入れてもらえない状態で終わったあの子自身は
自分の命に意味を見つけられたのだろうか?
私にとってどれだけ意味のある命だったしても、
晴子が自分の命に価値を見出せないままに去っていったのだとしたら
それはただ私の人生を豊かにしただけではないか。
そんなことのためにあの子の命はあったのか。
私の肥しになるための命だったのか。
でも、それが事実だったとして、その理不尽さを嘆く資格は、私にはない。
だって、私が殺したんだから。
このことを考えてると、必ずといっていいほど大きな胎動がある。
お腹の赤ちゃんはなんて言ってるのかな。
「ママ、私ははるちゃんなんだよ。だから何も悲しいことはないんだよ」かな。
「ママ、なんで悲しいの?おねえちゃんの事を考えてるの?」かな。
「ママ、おねえちゃんは空で笑ってたよ。だから泣かないで」なのかな。
赤ちゃんってみんな優しいからなぁ。
晴子は私を困らせまいと生まれてこなかったんだ。優しいね。
それなのに、性懲りもなくまた赤ちゃんを切望する私のもとにお腹の赤ちゃんはきてくれた。優しい。
そんな命の前に、私だけが自分勝手で醜い生き物だ。
晴子に会えるものなら、
本当は愛してたこと、そのことが少しでも貴方に伝わっていたのかどうか確認したい。
そして許しを乞いたい。
そう思う私は、どこまでも自分のことしか考えてない。