書いてたら日付が変わってしまいましたが、
本日は本證寺さんの報恩講。
釈徹宗先生のお話が聴ける日でした!
釈先生との出会い✨←私の一方的なw
2年前にたまたまつけたテレビでやっていた100分de名著
歎異抄を取り上げていて、指南役として先生が出演されていた。それが出会いでした✨
ちなみにもともと私の信心が如何ほどかというと、
幼稚園児の時期にいきなり親に「神様はいるの?」と聞き、
父親に「いるのかいないのか自分で考えてみなさい」と言われ、考え、
1年ほど後に父親に「わかった。」と。
「神様はいない。けど、おるってことにしてある。神様がいないと誰もバチが当たるのを怖がらないから、そうするとみんな自分勝手なことばかりするから、おるってことにしてある」
と言ったというくらいの物心ついた頃から信心ほぼゼロ状態(;・∀・)
そんな私、長女晴子を死なせてしまい、
私がどんな子でも無条件で愛せない親だから罰を与えられたのか?
それとも障害がある子は育てられないと思ったお前の願いを叶えてやったまでだと思われているのか?(←誰に?)と苦しみ、
晴子に謝って許してもらいたい、でもそれは出来ない。
晴子がどんな気持ちで死んだのか、私を恨んでるのか許してるのか一生分からない事が私に与えられた罰なんだと思いつつも、
苦しくて悲しくて楽になりたい謝りたい許されたいと
我が娘を思ってるようで実はどこをとってもどこまでも自分のことばかり。
そんな自分にほとほと嫌気がさしてた時期(今でも完全にその考えは消えたわけではないけど当時はそうとうやばかった
そんな頃に釈先生の解説する歎異抄と出会ったので
食い入るように画面を見ましたね。
強烈だったです。
誰に「お母さんは悪くないよ」とか「恨まれてなんかないよ」と言われても、
何故親である私すら分からない娘の気持ちが分かるのか?と、
全くもって受け入れられなかったのが(皆私を思って言ってくれたことだったのだが当時私はとても飲み込むことができなかったのです)
歎異抄を知り、どこまでもおためごかしを許さない厳しさと、
だからこその誠実さをあわせ持った本当の優しさに出会った気がして
また、釈先生の解説で阿弥陀の語源をしり、
えっ、それって、この世界ってことじゃない?この世界にある全部じゃない?と
神様なんていないと4〜5歳で言い切った私でもすんなり受け入れられたのですね。
そんなこんなでもう思いが溢れてどうにもならず、突然先生にメッセージを送りつけるという暴挙に出る。(しかも長文)
そしたら、なんと、大変丁寧なお返事をいただき、
晴子さんに許されても許されなくても自分の本性を背負って見事に生きましょうとお言葉をいただき😭
そこから私の2回目の人生が始まったと言っても過言ではないです。
晴子を死なせた自分を許したくない自分と、許されたい自分と共に行く人生がはじまりました。
そんな出会いから2年が経ち、本日を迎えた私の気持ち。
想像してみてください!
とりあえず朝から心臓が痛いw
なんにも手につかないww
洗濯物をたたんでいるのに、なぜか全く終わらないwww
結局なんにもできないまま、
上の子二人を夜勤明けの旦那に託し、
コウキのみ連れて出発。
はじめにお正信偈(で合ってるかな?)
それはなにかと私が説明できるはずもなく…
んー、お経の大合唱?!
黒い本に書いてある言葉を皆で読み上げるのだけど、
右側に記号のようなものがあって、
これが楽譜代わりになってるっぽい!
これ面白い!!
もともと音楽好きなんで、
この記号は音符でいうとこれかな?とか、
音はこれかな?とか頭で楽譜にしながら歌いました
(1日目はそんな感じでしたすみません!2日目である本日は晴子を連れて行ったので晴子を思ってうたいました)
そのあと、釈先生のご登場😂
ここからは先生のお話の内容を書いてみますが、
なんせ全くのど素人なので
間違って聴いてしまっているところもあるかと思います。
ネットで調べて補完したりもしましたが、不十分でして、
間違ってる箇所はご指摘いただけると助かります💦
前半
釈先生が胸を打たれた親鸞の魅力について
お正信偈の中の
極 重 悪 人 唯 称 仏
我 亦 在 彼 摂 取 中
煩 悩 障 眼 雖 不 見
大 悲 無 倦 常 照 我
自分で修行して悟りを開くことができない人
それどころか、こんこんと自分の都合が湧き出て振り回されてしまう人
嘘をついて生きてかざるを得ない人←※
人を傷つけて生きていかざるを得ない人←※
※この辺の言葉の選び方に先生のお人柄が表れているように感じました。
先生は本当に人間のそういう弱い一面に優しい眼差しを持っておられます。
仏教で言うところの悪人(凡人、愚者)
ただ仏様の名前をとなえなさい
そういう私もまた、仏様の光の中に包まれているんです
煩悩がかぶさって世界が見えなくなってしまっているが
仏様の大悲は常に私たちを照らしてくださっていますよ
私たちには見えないけれど常に仏様の大悲は降り注いでいる
大悲=大慈悲
悲という字の語源はカルナー「痛さに呻く」という意味
慈悲というと大きな心ですくいとるというイメージがあるが、
本当になすすべもなく、苦しみ呻いている時、自分のことのように痛み、苦しんでくれている世界がある
しかしただ単にお任せすればいいいわけではない。
なんにもしなくていいわけでも、何をしてもいいわけでもない。
耳を澄ませて仏の声を聴こうとする、目をこらして目に見えない世界に思いをはせていかないと、仏道には出会っていかない。
過去や未来があるのは人間だけ。
ほかの動物は目の前に起こったことしか認知できない。時間という概念がない。過去も未来もない。目の前の見える世界しかない。
年老いた犬が昔はもっとはやく走れたのにな、このままいくとどうなってしまうんやろな、とは思わない←一同笑😁
人間は幸か不幸か見える世界を通して見えない世界へと認知能力を伸ばしていった
→未来が生まれ過去が生まれた。死が生まれ生が生まれた。人間ならではの苦しみも生まれた。
見える世界がなんともしがたいとき、見えない世界が見える世界をつきやぶってくるような
そんな仏の慈悲があるのかもしれない。
そう思うと
極 重 悪 人 唯 称 仏
我 亦 在 彼 摂 取 中
煩 悩 障 眼 雖 不 見
大 悲 無 倦 常 照 我
本当に味わい深いと感じる。
単に「私は悪人ですので仏様に救っていただく」というようなうすっぺらな話じゃない
ものすごい厳しさと無条件の優しさを一緒に表現されている。
徹底した厳しさと優しさ、親鸞聖人もそのようなところがある人だったと言われている。
仏道に関してはとても厳しい人生を送った人だった
親鸞聖人が書いたものはほとんどが80歳を超えてからのものだった。
※釈先生のご両親は81歳でいらっしゃるとのこと。
こたつに入ってじーっとしてるご両親・・・それを見て釈先生「ここから書き始めたのか?!」←一同爆笑😆
鎌倉時代の80歳は今とは違う。自分のことはなんでもしなきゃいけない。ちょっとしたことで何キロも歩く。
そして親鸞は81歳で仲の良かった息子と信じる道の違いから縁を切ることになった。
自分の生活を支える存在でもあった息子との縁を切ることは自分の生活が危なくなるという側面もあった。
それでも敢然として関係を絶つ。仏道に関して妥協がなかった。
命を懸けて関東からはるばる会いにきた人に尋ねられた親鸞聖人
「お念仏して地獄に落ちるって本当ですか?」
親鸞聖人「しらん」←親鸞だけに!?(これは私の心の声ですw)
念仏して成仏できるかどうかは私はわからない
法然上人に教えられたとおりにするだけ
もし法然上人に教えられたことが嘘で地獄に落ちても別にいい
もともと私は地獄に落ちるような人間なのだから
私はもうこの道を行くので
みなさんはこの教えを歩もうとも捨てようとも自分で決めてください
孤高の哲学者のようではないか!
このような親鸞聖人には大変厳しい面もあるが・・・
とうしんぼう?(ちゃんと聞けずあやふや💦)という関東にいる人への親鸞からの手紙。
高齢で自分では書けず代わりに書いてもらった(代わりに書いた人の名前がわからなかった💦)
覚信房(とうしんぼうの父) 関東から京都に親鸞聖人を尋ねていく途中に病気になり死んでしまった
その父のことを書いて息子にあてた手紙
代わりに書いた人が、覚信房のことを
うらやましい、あんなふうに生きられたら!ぼくの憧れです!!
というような内容で手紙を書き、
どうでしょうか?と親鸞聖人に見せたところ、
「これ以上の文章はないと思います」と言って泣いた。
一方ではびくともしないような、たった一人で荒野を行くような覚悟で道を歩む親鸞聖人
もう一方では他者の痛みを感じて、ともに泣く親鸞聖人
親鸞聖人の田植え歌というものが伝承されている。もしかして歌いながら一緒に田植えをしたのか?
また、お正信偈で皆で唱えたわさん?(←聞き取れず💦)は
明らかに皆で歌うものとして作られている。
ともに泣き、ともに歌い、ともに歩む。
親鸞聖人の「両面」
そのふり幅に魅力を感じます。
ここまでがお話の前半でした✨
(後半は、コウキが起きてしまい、ノート取りきれず💦それでも後日アップします!)
途中コウキがぐずりだして、退席しようとしたら、
釈先生お話をお止めになり、
「いいんですよ、赤ちゃんがいる講座はいい講座です」というような言葉をかけて下さりました😂
周りの皆さんも一人たりとてうるさいなぁというような空気を出す方はみえず、
それどころか
気さくに声をかけてくださり、コウキを撫でて褒めて下さり。歓迎してくださったのです。
なんだここは極楽浄土か?あるじゃないか!こんな家から目と鼻の先に!!と思いました😂
釈先生のお話の中から特に感銘を受けた部分。
見える世界がなんともしがたいとき、見えない世界が見える世界をつきやぶってくるような
そんな仏の慈悲があるのかもしれない。
というところ。
私はこれを聞いたとき、
「サンタクロースっているんでしょうか?」という本を思い出しました。
その中のこの部分(日本語訳)
赤ちゃんが持つガラガラを分解すれば、どうして音が鳴るのかわかるでしょう。
でも、目に見えない世界を覆うベールは、どんなに力の強い人でも、それどころか、世界中の力持ちをみんな集めてきたとしても、引き裂くことはできません。
信じる気持ちと想像力、それに詩と愛とロマンスだけが、そのカーテンを引き分けて、その向こうにある、この上なく美しく、輝かしいものを見せてくれるのです。
そのようなものが人間のつくったでたらめといえるでしょうか。ねぇ、バージニア、それほど確かな、それほど変わらないものはこの世にはほかにないのですよ。
私は生きている状態の晴子に一度も会えず、
知っている晴子の外面は完全に亡骸そのものでした。
数年後この本に出会ったおかげでようやくカーテンの向こう側で笑っている晴子をイメージすることができた、そんな大切な本なのです。
なんとなくそれが思い出されて、泣きそうになりました。
あとは、ここ最近お話を聞いたり、自分で調べたりする機会が増え、
自力と他力や、本願ぼこりのお話を聞いたり説明を読んだりする時に、
どうしても人間の悪いところがフォーカスされている気がしてしまい、
例えば人はとかく噂好きで自分が優位に立って喜んだり、
人と比べて嫉妬したり…と並べられると
私はとても人間が好きなので、
そんなにそれって悪いものかなぁ?
そんなところがあってこそ憎めない魅力なのになぁと、
生意気にも思ってしまったりしていたのです。
ジブリだって、手塚治虫だって、
私の好きな物語はみんな人間臭い魅力的なキャラがいっぱい出てくる。
でも今日釈先生の語ってくださった親鸞聖人の人柄が
意外と人間くさい!!
仏の道に関しては妥協を許さぬ厳しい人だったが、
人のことを自分のことのように思い
共に歌い、共に泣き、共に生きる、
ラピュタじゃん!
※土に根を下ろし 風と共に生きよう 種と共に冬を越え 鳥と共に春を歌おう という詩が出てきます
そしてもののけ姫のBGMが脳内で流れました。(そなたは美しいあたりで流れる曲ね…)
きっと親鸞聖人も人間が好きだったんだな、と
なんだか安心したのです。
そして、釈先生も、一方で厳しく一方で人間味溢れる部分を魅力に感じて、それを伝えたくて来てくださったのだな、と思いました✨
その他にもまさに私が今疑問に思ってたり、なんとなくえーって思ってたところに対するアンサーになっているお話が多くて、
あれ?これ私のためのお話かな?
ひとえに親鸞一人のためなりけりを、リアルで体感。
ということは私にとっての阿弥陀様は釈先生か!?😉
後半に続く❗(長ッ
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