彼は妥協し続けてきた40数年だったと言った。
だからせめて三味線だけは妥協したくないのだと、撥を握るために指を開きながら言った。
「べつにあきらめているわけじゃないんだ」
「でもうんざりする?」
「まあね」
彼は、再び三味線を構え直した。
(スタジオ貸出品ではなく彼が自分で手に入れた相棒のそれだ。)
美しいフォームを手に入れたいと彼は望んでいた。
美しいフォームさえあれば、撥は的確に弦を叩き、左手はしなやかに棹をスライドできると信じていた。
「あきらめてもいいけれど、あきらめないことで自分がこの宇宙と確かに繋がれていることを確かめられる気がするんだ」
全く同感だった僕は密かに息を吐いた。
美しいフォームのために彼は姿勢を正し、僕は自分の持てる全ての知識と経験を彼に与えんと、脳の奥の引き出しを手当たり次第にぶちまける。
このうだるような暑さの中、この経験が溶け出して誰かの役に立てばいいのにと願いながら僕は都知事選に行く。
※この文章は事実に基づいたフィクションです。
(ただなんとなく村上春樹風に書きたかっただけで、生徒さんもわたしもここに出てきた台詞何一つ言ってません笑)
暑すぎて、今年は室内に篭って読書する夏になりそうです(夏に限らず読書はしてるけど)