前回の続きです
やっぱり書くのに時間がかかった・・
私にとって思い出すのに苦労をする出来事、と言うか
思い出したくない期間、と言うか
思い出してもあの時みたいに胸がきゅーって
苦しくならなくなるまで
やっぱり時間がかかるんですね
ブログを書くのもひとつずつ思い出して書き起こすから
どうしても筆が進まない・・
でもここに書くことで
自分の気持ちを丁寧に見直して
否定するわけでもなく
肯定するわけでもなく
ただ ただ 受け入れる と言うことが
病院に通うよりもずっと
私にとってはリハビリになったような気がします
元気に回復しているからこそ
ここにこうやって書けるんだけど
さらに自分を癒すには
当時の状況を思い出して
受け入れることも必要なんだなって
体感しました
さて、前置きが長くなりましたが
後編のお話です
あまり気が進まない方は
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◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
前職で良くしていただいていた上司の方に
戻って来ないかと話を頂いた頃
私の身体は謎の痛みや倦怠感
完璧なまでの無気力状態で
物事が記憶できない状態でした
その上司の方(以後Aさん)とは
休日に良くお茶をしに行ったり
気になる神社に参拝しに行ったり
プライベートでもよく交流していた
本当に信頼できる方で
私は当時、物覚えが悪くなったことや
仕事に対するモチベーションの低下
今後のキャリアについての迷いなど
お話をしていました
そんな時にAさんから
職場に戻って来ないかとお話を頂き
嬉しい反面、とても不安で
正直、モチベーションの低下や
身体の状態から正社員として働くことに
大きな不安と抵抗がありました
今までも正直になんでも話してきたAさんなので
「あまりモチベーションがなくて・・
正社員ではなく契約社員でお給料も
その程度まで下げてもらって良いんですが・・」
と伝えたところ
「もらえるものはもらっておきなさい、
腰掛でいいんだから」
と代官山のカフェで言ってもらったのを
今でも覚えています
その後すぐ人事の方から連絡があり
面談をすることになりました
表参道のカフェで待ち合わせていたのですが
前より激痩せしていたため人事の方は
最初私と全く気づかなかったそうです。。
前に勤めていた会社なので基本的には
お給料やタイトル(ポジション)と
近況についてをお話し
約1ヶ月後に職場に戻ることになりました
やっと今の上司から開放されるんだ・・
なんとも言えない開放感を
身体の隅々に感じると同時に
わずかな不安が頭の片隅にあることを認識しました
戻って来ないかと声をかけてくれたAさんは
前に一緒に働いていた私を知っているからこそ
言ってくれたのだと思います
でも、戻ってきた私は
Aさんが知っている私とは違う私になっていました
罵声を浴びて過ごしてきた1年間
自分からすすんで仕事を進めると
また何を言われるか分からないと言う恐怖心から
自分で仕事を進められない
というより、「進める」という発想すらなくなり
ただ当たり障りのないことをしながら指示を待つ
自分の頭で深く物事を考えることができない
考えてもその先に何が起こるのかさえ分からない
今までやってきたはずのことなのに・・
どうしてもできなくなっていた
もちろんAさんも痺れを切らしてきます
いい加減にしろ、と
正直私もいい加減この状態を
元に戻したかった
でもどうしたらいいのか分からなかった
今は考えればわかることなのに
当時はどうにもこうにも「考える」ということが
できなくなっていたんです
もう完全に「使えない人」の状態で
Aさんも段々怒るようになってきます
とても辛かった
自分が怒られるからということではなくて
ひどいことをAさんの口から言わせていること
小さなオフィスにAさんからのきつい言葉が響くこと
苦しくて苦しくて苦しくて
もうどうしたら良いか 分からなくて
AさんもAさんで、あまりにも使えない私に
オフィスではなく個室でお説教するようになり
仕事で怒られて泣くことはなかった私も
何度かお説教が続くうちに
自分の絶望的な状態とAさんへの不甲斐なさから
「もうこのまま仕事を続けるのは難しいと思います」
と言いながらついに涙を流してしまった
すると「やっと泣いた」とAさん
「この子いつ泣くんだろうと思ってた」
と言われた時に
私の中で何かが崩れたのがわかった
とても信頼していた上司
厳しいことも沢山言うし
好き嫌いがはっきりしていて
嫌いなものには相当手厳しい
だからこそ信頼してた
あ、もうダメなんだ
ただ一言この言葉が
頭の中で繰り返された
年末年始のお休みを挟み
しばらくして私は改めて正式に
Aさんに退職の意思を伝えようと思っていた
でもその前に
身体の痛みや倦怠感だけでなく
どうも自分の思考力の低下具合が
気になってしょうがなく
ネットで調べてみた
うつの傾向・・??
ここで初めて
うつ病の可能性があることを認識した
ショックであると共に
病気なんだったら治せるはず、と
少し気持ちが軽くなった
すぐに近所の心療内科を受診
今現在感じていることだけでなく
職場に対して感じていること
そしてそれはいつ頃から感じはじめたことなのか
何から何まで記憶があるかぎり事細かに聞かれた
診断結果は「うつ病」
医師によると
前職(前編)の際に感じていた
強い自殺願望は
何かの拍子に自殺しやすいため
入院が必要なレベルだったようで
この頃の私は
「使えない人間だから消えてしまいたい」
とは思っていたけれど
前のように具体的に自殺方法を考える状態ではなかった
とは言えども
少しでも自分の人生を終わらせたいという思いはあった
うつの診断が下り抗うつ剤を処方された
眠れない日々が続いていたので
睡眠導入剤ももらうことになった
医師は
「できるだけ早く今の仕事を辞めてください。
もし辞めるのが難しかったり、
会社に伝えられない場合は
必ず私に言ってください
診断書をお出ししたり
私から会社に掛け合うこともできます」
次の診察日も約1週間後に設定された
それまでにAさんに退職の意思を伝えよう
Aさんに
「不調な状態を医師に相談したらうつ病だった
せっかく再採用してもらったのに
ご迷惑をおかけしますが退職させてください」
という内容を伝えた
すると
Aさんは
「医者の言うことなんか信じてるんじゃないわよ
病気だと自分で思ってしまったら本当に病気になる
確かにあなたは前とは違っておかしいけど
みんなそうやって仕事してるの
私だってパニック障害なの知っているでしょ?
医者には仕事を辞めないと治らないと
言われ続けてきたけど
こうやって薬飲みながらやってるの
っていうかあなたまさか、
医者に処方された抗うつ剤飲んでないわよね?
あんなの飲むのやめなさい
抗うつ剤はさらにメンタルおかしくなるんだから
とにかく、私は認めません
このまま退職することも、
うつ病であることも認めない」
確かにAさんはパニック障害だった
長いキャリアの中、病気を抱えてても
必死に仕事をしてきたに違いない
ただ、ここまで言われてしまうと
もうどうにもできないと思い
自分に自殺願望さえあることを伝えた
Aさんに伝えたのが最初で最後だった
それでも
「自殺願望のある人間は本当に死ぬから
あんたみたいに他人に打ち明けられないんだよ
だからあんたの自殺願望はただの幻想で本気じゃない
とりあえず、有給たくさん残ってるでしょ
使ってどっかに旅行行ってきなさい
この日からこの日まで抜けても構わないから
行き先は外国が良いでしょ
良い?分かったらすぐにプラン立てて
少しひとりになってみなさい
あんたその年にもなって
実家で暮らしてるから余計病むのよ
良い加減親離れしなさい」
もうどうしたら良いか
でも
私のコンディションを伝え
病気のことも伝え
それでも退職を受け入れて
くれないのであれば
このままでも良いのかな・・
もうどうでもよくなってきた
この面談で私の中でAさんに対する
信用は地に堕ちた
私の中で
Aさんはどうでもよくなってしまった
それを見越したかのように
私へのお説教が執拗なものに変化してくる
オフィスでのことあるごとの説教に加え
社員がほとんど帰宅して
2人になると始まる説教
人格さえ否定するような内容は当たり前で
その言葉を小耳に挟んだ社員からは
大丈夫なのかとトイレで会った時に心配される始末
(後から聞いた話だが
人事に相談に行く人が数名いたらしく
ただ私自身からの訴えがなかったため
ことを荒立てないためにも大事には至らなかった)
私は自分の死んだような表情を隠すために
毎日マスクをして出勤していた
Aさんに気を遣い
インフルエンザ予防と周囲に言いながら
廃人のように毎日を過ごしていた
Aさんの執拗なまでものお説教にも
段々矛盾が出てくる
昨日は真逆のことで怒っていたなぁと言う時でも
結局Aさんも病気を抱えているから
もうしょうがないと思ってやり過ごしていた
もうどうでも良いし
どう思われても良いと思ってしまったから
段々上司なのに気を遣わなくなってきてしまった
Aさんに設定された通り
3週間弱の有給をとることになった
しばらくの間ひとりになる時間
仕事からもAさんからも離れる時間は
確かに必要だった
私は海外ではなく
大阪にしばらく身をおいた
その時のメンタル、コンディションでは
長期間海外に滞在することが
どうしてもできなかった
このお休みは本当に
良いリフレッシュになったのは事実で
仕事に戻る頃には少しだけだけど
前より顔を上げて歩けるかも、と感じるほどだった
でもAさんに対しての不信感
Aさんから私に対しての不信感は変わらなかった
そんな時にひとつ事件が起こる
あるイベントの施工でAさんは東京、
私は大阪と別れて立ち合った際に
預けた商品を業者が勝手に
造作に粘着してしまう事態が起こった
翌朝サンプルが到着するから
商品を粘着させるのは待っていて欲しいと
業者に伝えたが
仮置きできるものでテストしたいとのことで
粘着はしないから貸してもらえないか
との依頼だったはずなのに・・
施工が終了した早朝に確認した際には
仮置きとして渡したはずの
売り物の商品がしっかりと粘着されていた
業者から先に写真で報告を受けていたAさんは
怒りの電話をかけてくる
「なんで言ったことができないんだ!!!!!」
私も正直なんで粘着されているのかも分からず
昨日商品を渡した業者に理由を聞くと
「付けて良いものかと思った」
と返事が返ってきた
後からサンプルが届くからそれを
付けて欲しいと伝えた旨を業者とAさんに言ったが
Aさんは私に対しての信頼が全くない
Aさんは業者の責任者と直接話をさせて欲しいと
電話を変わるように言い
かわった相手は
私が造作用に使用するサンプルが来ることを説明した人ではなく
初めてみた外国人の女性だった
その外国人女性は電話を受け取ると
不自然に私から離れ何やら遠くで話し込んでいる
電話が戻ってくるとAさんは私にこう言い放った
「あんたが商品を粘着して良いって
言ったって業者は言ってるじゃない!!!
なんで嘘つくんだ!?!?!?
良い加減にしてちょうだい!!!!!
言ったことも任せられないんじゃ
本当にあんたはなんなの???!!!
なんのためにいるの???!!!!!!」
電話口で必死に否定した
でもここまで周りから私の指示でやったと言われると
事実、私が伝えなかったのじゃないかとさえ
思えてきてしまった
「はっきりと伝えたつもりだったんですけど・・
業者に伝わっていなかったようです
すみませんでした」
とりあえず
私の指示ミスで商品が使用されてしまった
という結論で電話を終えた
すると、業者に商品を渡す際に
一緒にいたスタッフが私に駆け寄り
「Chloeさん、ちゃんとサンプルが来るから
商品は粘着しないでって伝えてましたよ。
あの業者もテストで使用したいだけって言ってたし
勝手に設置したあっちが悪いのに、
なんでChloeさんが
あんなに怒られないといけないんですか。
信じられないです」
と言ってきた
Aさんにはもう
信頼してもらえてないことを痛感した瞬間だった
それに
私自身も周囲から言われたことに対して
自分を信じて味方してあげることが
できなくなっていた
事実はどうであれ
イベントスタートまで時間がない
後1時間程度で商品ではなくサンプルを
造作に付けてもらわなくてはならなかった
業者に届いたサンプルを渡し
売り物の商品と差し替えるようお願いすると
「これ2〜3時間じゃつかないんですよ、
商品が重すぎて。
だから今からやったんじゃ
間に合わないと思いますよ。
この商品(サンプルではなく売り物)付けたままで
やるしかないんじゃないですかね?」
と平然と言ってきた
夜中の施工が終了して
翌朝サンプルが届いてからだと
オープンまでに間に合わない
だから粘着したんだ
私のせいにして
施工自体完了してしまえば
業者の責任ではなくなる
業者が用意してた粘着剤が商品に対して弱すぎることに
気づいたのが遅かったから
責任逃れのために私は・・はめられた
結局濡れ衣が晴れないまま
東京に戻った
また怒られるかと思ったらそんなことはなく
Aさんは
「なーんか粘着が弱くてサンプル付かなかったわねぇ。。
朝サンプルが届いたから全然くっつかなかくて東京も大変だったのよぉ」
サンプルを貸し出すPRチームのマネージャーも
イベント当日の朝にしかサンプルが届かなかったことに対し
わざわざ謝罪をしてきた
もしかしてなぜ売り物の商品が粘着されていたのか気づいた・・?
真実に気づいたとしてもAさんの私への信頼度は
これでよく分かった
悔しくて涙が溢れそうだった
自分の主張より業者の言い分を正として
耳を傾けるほどならば
やっぱりこの先一緒に働けない
信頼関係が崩壊しているのは
分かってはいたけど
失望が強く
私はこの後すぐ改めて退職の意思を
Aさんに伝えた
ちなみに私は抗うつ剤を処方されても
結局飲むことはなかった
勝手なイメージだけど怖くて飲めなかった
だから結局うつ病診断をされても
通院した記録はなく
会社にもそのように認知はされていない
ただ上司であるAさんに伝え
病気がわかってからも半年間以上
変わらず仕事を続けていた
改めて退職の意思を伝えてからは
お互い気分が軽くなり
執拗にお説教されることもなくなってきた
Aさんも仕事をやめようか
どうしようかと考えていて
長く輝かしいキャリアを捨てて
自分で何かをしようと考えているところだった
ちょうどこの事件が起こったイベントが終了して
2ヶ月程度で辞めるように
話を進めてもらい
それはちょうど復職してから
1年程度の頃だった
終わりが見えれば
心はいくらか軽くなる
私の退職日が進むにつれて
Aさんの退職意思も固まってきた
そんな時にイレギュラーな事態が起こった
元々社長と反りが合わなかったAさんは
会社を辞めることになってしまった
それも1週間後に
あと1ヶ月半程度出勤する予定だったが
合わせて私も退職する流れになり
早く仕事から解放されたかった私は
幸にも不幸にも
残り1週間で仕事を辞めることが決まった
突然のことだった
こうして私のお勤め会社員生活が終わり
このあとゆーっくり じーっくり
うつ病と向き合うことになります
何もしたくない
何も考えたくない
抜け殻のように過ごして
ただ気が済むままにぼーっとしてみる
会社員をやめて初めて
保険料、年金、奨学金、家に入れるお金を
毎月準備することって大変なんだなって気づいた
でも
自分の身体・メンタルが
壊れていくくらいだったら
会社員なんてやらない
その覚悟をさせてくれたのは
他でもない
病気なんだよね
命に関わったり
ネガティブなものに思われるけど
実は自分自身への気づきのためにも起こったりする
そう考えると
病気って実は自分への愛なんだなぁって
そう思います
きっとこのブログを読んでくれている中には
うつ傾向を感じてたり
メンタルが辛くてどうしようもなかったり
する方もいるのではないかと思う
前の記事でも書いたけど
私から言えるのは
堂々と逃げて欲しい
ということ
他人には分からないんだよ
この辛さは
どうあがいても理解はしてもらえない
だから、
自分だけが自分を救えるってことを
忘れないでね
◇◇◇◇◇◇◇◇◇