今日の出来事。
後輩の子(N君)が客注の山食パンを成形して、焼き上がった物がきたなかった。
店長からN君に一括。
「お客さんが直で買うもの、こんなにきたなかったら売り物にならないだろう」と。
「この出来が当たり前だと思うんだったら、美的感覚がおかしい」と。
僕はN君の傍で、成形してるところは見てはいなかったのだが、自分に責任がある。
日々、雑にしないように、スピードより丁寧を優先させるように指導する。
店長から下の子に怒るよりも自分がそれに先に気づいて、注意するのが自分の役目。
店長、自分が抜けた後にお客さん、他店舗に胸張ってこの店の商品を出せるようにと気にしてる。
自分がなぜN君に注意するのを躊躇う時がある。
それはなぜだろうとみてみると
自分の中で「こいつ前も言ったのに同じことしてる。」「どうせ、もう一回言ってもわからへんやろう。」「どうせ、言っても変わらへん」「どうせ、できへん。」
かなり言葉は悪いですがこんなことを自分の中で言ってます。
酷いですね。
店長からは自分がどれだけ失敗しても、店長の言うことを聞かなくても。
その都度、店長は自分を厳しく怒ってもらいました。
店長は自分のことを諦めなかったから今の自分があるわけです。
こいつは必ずできると思ったから厳しくしかってくれたわけです。
例え僕が諦めて、自分にはできないと思ったとしても、店長は諦めなかった。
僕はN君を諦めてるというよりはそれを言い訳にして、自分がN君に注意して、N君がやらないことで自分が傷つくことを避けたり、関係を壊すことを避けてる。
そんなに柔い関係ではないし、N君はそんなにちっさい人間ではない。
自分がN君を小さくしてる。
それでは人は変わらない。
自分に意識を向けるとちっさい世界で生きてしまう。
これは欲しい人生ではない。ので止めます。