こんばんは。


知恵ですニコニコ


しばらく、調べることに追われていました。


調べても調べても


次から次へと疑問が湧いてきてしまいます。


今日やっと、一旦キリがつきましたチュー





続きです。























それからは、ただひたすら


心を癒すことだけを考えて過ごしました。


不思議なことに


家にいるのが嫌いだったはずなのに


長い戦いの末だったためか


家で過ごす時間が


思いのほか、心地よかったのです。













あたくしには、働いていた時に、


したくてもできなかったことがありました。
















それは


子どもとの時間を大切にするということ。


仕事をしながらでは、限界がありました。


特に


小学4年生だった、ハートのことが気になっていました。


ハートは、かなり精神的に不安定になっていました。


4月になると、クラス替えによる不安からか


必ずチック症が現れます。


手の震えがひどくて、字が書けないと


泣きながら言うこともありました。


できるだけ声をかけるようにはしていましたが、


仕事をこなすことだけでなく、


家に帰れば業務に関わることについて調べたり、


勉強したりする時間も必要です。


さらに、大家族の家事の負担が大きく


思うようにフォローしてあげることができませんでした。


夫、タイソンにもハートの精神的なフォローを求めましたが、


そもそもタイソンは、


物理的にフォローすることはできても、


精神的にフォローすることは苦手です。





どんどんハートの心が


ギリギリの状態になっていくのを感じていました。


そのことが母親であるあたくしには


本当に辛いことでした。










そんな風に思っていたので


休んでいる間のハートとの時間は


とても楽しいものでした。


一緒に宿題をやったり、一緒に料理したり、ふざけあったり。


ギリギリだったハートの心が癒えていくのを感じました。





中学2年だったマリーナとも自然と会話が増えました。


学校のことや友達のこと、部活のこと、たくさん話をしました。







高校2年だったショーンとも、


からかったり、ふざけあったりして


笑い合うことが増えました。






大学生のアンとも、恋愛話や、大学の友達の話をしました。


本当は話したかったのに、話せなかったんだろうなと思いながら


ゆっくり、しっかり話を聞きました。





あたくしが、家に居るようになって


子どもたちの顔から笑顔が溢れるようになり、


心が豊かになったように思います。









他にも


したくてもなかなか時間が取れないと思うことがありました。









それは料理です。


料理が好きなのに  


手の込んだ料理が作れなくなり


家族に申し訳なく思っていました。
 



休んでいる間は、


時間がたっぷりありますから、


早めに取り組み、じっくり時間をかけて作りました。


自然と品数が増え、家族みんなが喜んでくれました。


したくてもできないことが思う存分できたことで、


あたくしの心が変化していきました。











それから


妹と温泉に行ったり
(このあたりは、素敵な温泉施設がたくさんあります)


友達とお茶をしたり


普段会えない家族や友達との時間も作るようにしました。


とにかく、常に自分の心に聞いて


心地よく過ごせているか確認をしながら過ごしました。


















税理士事務所を辞めてから1年と少し


家でゆっくり過ごし


あたくしの心は平穏を取り戻していました。


ドキドキすることはほとんどなくなり


息苦しさも感じません。


手が震えることもなくなりました。


家族の笑顔が増えました。


あたくし自身も


自然と心から笑えるようになっていました。
みなさんこんばんは。


毎日、クタクタの知恵ですニヤリ


一気に書いてます。





さて続きです。


















それからのあたくしは、


心の問題と本当の意味で向き合わなければなりませんでした。


ドキドキと、息苦しさ、手の震えが


自分意思とは関係なく、突如として現れます。


緊張したり、焦ったりすると途端にです。


それは予測不能でした。


車の運転をしていても


電話で話していても、


眠りから覚めた瞬間にまでも。





特に、目が覚めた瞬間のドキドキと息苦しさは


表しようがない程辛いものでした。


どん底に突き落とされたような感覚です。








普段から診てもらっている内科の先生からは、


診療内科への受診を勧められましたが、


あたくしは、どうしても行く気にはなれませんでした。


何故なら、










そもそも病院を信用していないから。


特に診療内科は信用していません。
(診療内科、精神科の先生方、ごめんなさい)


あくまであたくしの偏見でしかありませんが


診療内科に通って良くなった人を知りません。


きちんと通っていても


亡くなるかもしれない命が救われないことを知っています。


だから、あたくしは診療内科にはいきませんでした。


今でも、自分が本当に心の病だったのかも


もし心の病だとしたら、どういう名のつく病かも知りません。


そして


医療に頼らないのであれば、


自分で良くするしかありません。


もしかしたらそれは 


途方もなく時間のかかる作業であったかもしれません。


でもあたくしは、


以前、産後うつからも自力で克服しています。


自分を信じて、


自分の心が喜ぶことだけ考えて


日々の生活を送りました。


それは1年以上に及びました。











ありがたいことに


夫、タイソンがいつもこんなことを言ってくれていました。


働かなくても大丈夫やけんね、と。








私がゆっくり休めるように、


自分がその分たくさん働いて


私の無収入分をカバーすると言ってくれました。









そして、その言葉通り、本当に収入が増え


あたくしは、なんの心配もなく休むことができたのです。

みなさん、こんばんはニコニコ


知恵ですウインク


忙しすぎて、また更新が滞ってしまいました。








毎日4時半起きなのに、


1日のやるべきことがこなせないのは、


いったい何故でしょう


どなたか、おせーてくださいニヤリ









続きです。
















そしてついにあたくしは


仕事中の夫、タイソンに電話をかけ、


こう伝えました。










やはり辞めようと思う、と。


タイソンは戸惑いつつ了解してくれました。


当然会社にもそのことを伝えなくてはいけません。


電話を手に取りました。















でも、手が震えて電話をかけることができません。


ドキドキが止まりません。


息苦しくて、涙が出ます。


もうこれ以上息が吸えないというほど


苦しいのです。









情け無いことにあたくしは、


辞めると伝えることすらできませんでした。










それからあたくしは、落ち着くまで待ち


泣きながらタイソンに電話をかけ、こう伝えました。









自分で辞めることを伝えることができないと。









タイソンは、仕事中であったにも関わらず、


すぐ対応してくれました。


代理人として、退職の手続きを取ってくれたのです。


妻はパワハラによる離職であり、


会社として対応に問題があるのではないか


という話もしたようです。


そして、会社にあたくしの状態を伝え


退職の手続きや片付けのために


事務所に行かなくて良いようにしてくれました。












そうしてあたくしは


半年に渡る苦しい毎日から


やっと解放されたのでした。