先日、父を連れて長崎の「げんきだまぷらす」さんへ施術に行きました。
その後の父の様子を伺うため、今日電話してみました。
電話から聞こえてくる父の声は、はつらつとして元気でした。
げんきだまさんへ行く前日に転倒しそうになって痛めてしまった左足の太ももは少し痛みがあるものの、1年以上患っていた腰の調子はよさそうでした。
なにしろ父が、
「行ってよかった。気分転換にもなった」
「今度、またゆっくり行こう」
と嬉しそうに話してくれたのが何より嬉しく感じました。
実は、母が3年前、肺がんを発症する前までは、父と話す時間はそれほど多くありませんでした。
結婚するまで実家には住んでいましたが、わたしは父の「怖い、厳しい」という側面ばかりみていて、父と話すことを避けていました。
父は真面目な公務員でした。
仕事柄、「人をみる目が厳しくなってしまった」というのを聞いたことがあります。
若い頃はかっとなりやすくて、相手の対応が悪いと怒り出すこともあって、そんな父が理解できませんでした。
しかし、家族のことを大切に思ってくれたり、どんなに遠い職場でも自宅から通い、休日には家族全員を車に乗せて九州のあちこちに連れて行ってくれました。
父に対して母は、いろんな場所に顔をだし、趣味を広げたり、困っている人がいたら世話を焼いたりと元気で社交的な人でした。
そんな母がまさか、早くに癌で亡くなるとは誰も想像していませんでした。
夫婦の関係はバランスがとられていると言われますが、父と母のそれぞれの個性の違いも、うまくバランスがとられていたのだと思います。
母が癌になったことはとても悲しいことでしたが、家族の絆を強くしてくれました。
そして、母が亡くなったことで、父に会いに行く時間が増え、父との会話が生まれるようになりました。
父との会話が増えたことは、母がくれたプレゼントのように思います。
怖い・厳しいと思い込んでいた父への感情も、母のことがあってから、父の深い愛情や優しさををたくさん知ることができました。
そして、子どもの頃のアルバムを見れば、どれほど父が私たちのことを愛し、大事にしてくれいたのかがわかります。
今頃になって、ようやく父の本当の優しさに気づけるようになりました。
そして、今回また父を感じながら、
「人はいくつになっても変わることができる」
ということを母が気づかせてくれたように思います。
ありがとう。
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