職業柄、日頃の多くの人の夢や目標を
聞かせていただける幸せな立場にいます。
どんな目標も
望みを持つのは素晴らしいこと
それは大前提なのですが、
目標の中でも
「あぁ、この人すぐ叶えられそうだなー!」
と感じる時と
「ん?なんかノイズが入っている?!」
みたいな、その人の未来の映像に乱れ?
のようなものが入っていてまだ弱いというか
まだ叶える段階に行く力強さが備わっていない
と感じる時があります。
そしてそれは多くの場合、
語る目標が
誰かありきの目標なのです。
私自身も偉そうに言える立場では全くなくて、
これまで沢山の夢や目標を抱いてきて
「叶った夢」と
「叶わなかった夢」があります。
その中で「叶わなかった夢」というのは
ほとんどが『誰かと一緒に』の夢でした。
もちろん人は愛の生き物なので
誰かの存在が希望となって
自分に夢を持たせてくれるものです。
「誰かと一緒に何かする」という
未来のビジョンを描くこと自体が
悪いわけではないのですが、
やっぱり
誰かの存在を介入した目標を語るのって
弱いんですよね。
だって、その人がもし居なくなったら
叶えられなくなるでしょう?
その程度の夢、その程度の覚悟なの?
自分が人生かけてやりたいこと、
やるべき意味のあるものって
そうじゃないと思います。
『たとえ自分一人でも何が何でも叶えるぞ!』
と強く想うからこそ、
そこに責任が生まれ担える器が整うもの。
そしてそのくらい
強い意思を持った者だからこそ
人はついてくるし運もなびくのです。
「夢を叶える“力”」とよく言いますが、
この力とは能力のことではなく
“力強さ”のことで、
強い意思が生まれれば
そこに力は備わっていきます。
例えば誰かと一緒に
「お店をやりたい」という目標があったとして
誰かの存在が
自分の中で大きくなりすぎていたら
その人に嫌われたくなくて遠慮してしまって
お店をやるというその目標達成への道のりは
楽しさよりも足並み調整ばかり意識がいって
ストレスしかなくなってしまうでしょう。
そしてそもそも
誰かと目標を叶えるにしてもその相手にも
意思があり、ビジョンがあります。
自分の思い通りにいくということは
無意識でコントロール(支配)しようとする
力が働いているわけだから、
そしたら相手も途中で
関係性に違和感を感じたり、
そこで不和が生じやすくなります。
本当にあなたのやりたいことで
あなたにやる意味のあることは
“誰かがいないと出来ない”
なんてありえません。
その考えは本来のあなたらしくない
非力な考えであり、
本来の存在状態から逸れているため
本来の奇跡を起こす力も発揮できません。
『何が何でも自分の夢であるお店持つ!
自分が目標を叶えた先に、
そこで大切な人に仕事を与えたり
才能を活かせる場や機会を作ってあげたい。』
↑このマインドになった時、
力はぐっと上がって実現に近づきます。
そして自分がついていく立場なら、
こういうマインドの人となら
並走してみたいと思いますよね。
この前も、知り合いが
「自分がやりたかったビジネスを
すごく応援してくれる素敵な恋人がいたけど、
その恋人の協力の元ビジネスしようとしたら
関係が悪くなって別れてしまった。」
と言っていて、
傷口に塩を塗ると分かりながら
『あなたそれ一人で出来ないの?
本当のあなたの力なら一人でも
実現できる夢なのに恋人に寄り掛かってて
非力だったから神様に教えられたんだよ。』
と言ったら、その知人はハッとしていました。
きっと知人はこのあと
その大きな夢を叶えて
ビジネス展開した先に誰かを助けたり
社会に貢献する大きな役割を果たす人。
大きな役目を持った人だからこそ、
“そのくらいの強い意思があるのか?”と
今ここで神様に問われていて、別れは
「目覚めさせるきっかけ」だと思います。
私も漠然と、すごく抽象的ですが
「愛する息子や夫と
ずっと仲良く幸せでいたい。」
という目標があります。
だけどもしこの先に息子、夫と
不仲になるようなことがあったとしたら、
家族が崩れたら
私の人生も崩れてしまうの?
といつも自分に問うようにしています。
そしていつも出てくる答えはこれ。
「いや、私が私を幸せにする!
自分の力で幸せ掴んでいって、周りにも幸せを与える!」
これが私の今の目標です。
一人一人が最小単位で
自分の力で 自分の夢を叶えること。
自分で自分を幸せにすること。
その意識が強く生まれた時に
誰かと平和な共同創造ができる
ステージに行けると思います。
どんな夢や目標の持つのも
その持ち方も自由ですが、
私はより自分が力強く、
勢いを感じる夢の持ち方をしたほうが
達成率上がって実現するスピードが
早いなぁと感じたので。
あなたが力強く、
本気で挑んだ夢なら必ず叶いますよ。