宇宙とは、すべてが「在る」場所。
神とは、すべてを知っている存在。
だからこそ私は、疑問を抱いた。

——なぜ、すでに在るものを、
わざわざ“体験”しなおそうとするのか?


あるとき私は、気づいたんだ。

それってまるで——
ゲームをクリアしたプレイヤーが、
もう一度「最初から」始めるようなものじゃない?って。


エンディングを知っていても、
あの世界を、もう一度生きたい。

もう一度、感動したい。
もう一度、仲間と出会いたい。
もう一度、弱くて泣いた自分が、
少しずつ強くなる姿を見たい。



そう思って、宇宙は“旅”を選んだ。

すべてがひとつである“完全性”から
「私ってなんだろう?」という問いが生まれ
世界は分離し、時間が生まれ、物語が始まった。



でもそれは、粗探しでも、欠落でもない。

むしろ——
すべてを知っていたからこそ、“知らない”という感覚を楽しみたかった。

“未完成”という体験を、愛したかった。


たとえるなら、こう。

料理がもう完成しているのに、
あえて材料をバラバラにして、
ひとつずつ集めて、手を動かして、
味見して、火加減に迷って、
そしてもう一度、完成させていくような旅。


その途中には、涙もあった
迷いもあった
「なんでこんなに大変なの?」って思うこともたくさんあった

でもふと気づく

「あ、これ…知ってた」って



それが、私たちの旅。

在るものを、あえて忘れ、
もう一度 思い出すという、創造の祈り。




わたしは今、また思い出している

「在る」とは、どこかにあるものじゃなくて
“私が今ここに在る”ということそのもの

だから私は、今日も旅を続ける

知っていた料理を、
“今の私の手”で創るために