考えたことはあるだろうか。

自分たちの国旗がどういう意味を持つのか。
自分たちの国歌はなにを詠っているのか。

それらに付随してくる、愛国心、ナショナリズム、民族主義とはなんなのか?
憲法19条「思想・良心の自由」とはなんなのか?
韓国はなぜそこまで旭日旗を嫌がるのか?
そして日本は今なぜ改憲に向っているのか?

私は、育った環境からか、国旗・国歌をなるべく避けて生きてきた。例えば、卒業式では国歌斉唱のときは必ず座っていたし、祝日に道端で国旗を見ると、「げっ。このおうちは怖い人たちなのかな。」と、嫌悪感を無意識の内に抱いていた。(未だに民家が掲げる祝日の日の丸は不思議に思うけど)

曖昧な記憶の中でうっすら覚えていることがある。
それは私の小学校の卒業式。
まだ国旗掲揚、国歌斉唱の強制力はなかった頃に、国旗を挙げようとする校長を止める母親の姿。
それはいったいどういう意味があったのだろう。なぜ母親はそうまでして、私の卒業式に国旗を挙げさせたくなかったのだろう。

国旗国歌法(式典では国旗・国歌は必ず掲げなさい法と私は理解している)は1999年8月13日が公布・執行された(らしい)。
そこから今までにそれを拒否する教師は首にさせられたケースを何度か見たことがある。

そもそも、なぜ強制しなければならなかったのだろうか。
国を崇めるという事自体に違和感を感じるのはおかしなことなのだろうか。

なぜ自分たちの卒業という式典にお国に感謝しなければいけないのか?
感謝するなら親であり、教師や教育機関であり、そのような制度を創り出してくれた人々ではないのか?

そもそも国とはその土地に住む人間たちの集合体であり、国というものは崇められるものではないはずだ。
民主主義国家として、そこに矛盾はないのだろうか。

単に日本人が住むこの国の象徴にすぎない国旗。
国内の小さな式典にそれらを掲げる必要性とはなんなのか。
強制することになったのは何らかの圧力があったからなのではないのか。

そんな発想もなく、日本に生まれてきたことへの感謝などで浅く認識し、国歌斉唱•国旗掲揚を不思議に思えない人たちがあまりにも多い気がするのは私だけだろうか。