九十九里浜  智弘院ブログ -5ページ目

九十九里浜  智弘院ブログ

修行体験の出来るお寺です。

法華経の福徳をいただく。
物心両面が豊かになる。

お寺はいつも開いています。
いつでもお待ちしております。




























ゴールデンウィーク、子供修行二泊三日が始まりました。 

 行楽地へお出かけして、美味しいものを食べて楽しむことも良いですし、こうしてお寺で修行も今後の人生にとって大きな宝となるはずです。 
良い思い出となりますように。
明日から子供修行
SNS、そして家や親から離れます。 



最新の文科省の統計によると、小・中学校における不登校児童生徒数は346,482人となり、年々大きく増加しています。
 全年代を通じて「無気力、不安」という原因が一番高く、そうなる心の問題も含めて原因は様々です。 

親が考える以上に、子供は親から影響を受けています。
子供に変わって欲しいと思うのであれば、まず親御さん共々一緒に変わっていくことが大切でしょう。 

智弘院では仏様の教えを通して心身を調え、モノの見方、捉え方を身につけるよう寄り添います。 

明日から来る子供たち、せっかくの連休、なかなか出来ない体験となります。 
それぞれ目標や課題を持って参加し、良い思い出を作って欲しいと思います。



労働観

今日はメーデーということで、少し労働というものを考えてみましょう。

西洋​キリスト教(特に旧約聖書・創世記)の伝統的な解釈において、労働はしばしば「失楽園の代償」として捉えられてきました。
​アダムとエバが禁断の果実を食べたことにより、人間はエデンの園を追放され、神はアダムに対し、「お前は一生、苦しんで地から糧を得る。顔に汗を流してパンを得る」と告げました。
労働はアダムの原罪に対する神からの罰(ペナルティ)、苦しみを通じて贖罪する「苦役」という側面が根底にあります。
​ただし、近代に入りヴェーバーが、世俗の職業を神から与えられた「召命(ベルーフ)」と捉え、禁欲的に励むことが救いの証であるとも説かれました。



一方、​日蓮聖人は法華経の「資生産業、皆順正法」を基に、生活を営むための仕事や産業は、すべて正しい法にかなっている、という一節を引いて教えられた通り、世の中の仕事はすべて仏法の実践そのものであるとされます。

​煩悩即菩提・生死即涅槃と、現実の苦しみや活動の中にこそ、悟りの智慧があるという考え方です。

日々の業務に励むこと自体が成仏への修行です。
「​御みやづかいを法華経とをぼしめせ」と日蓮聖人は「今いる場所を霊山浄土(浄らかな佛の世界)に変える修行」と定義します。

仕事に励むことそのものが、そのまま尊い信仰の実践となるのです。