九十九里浜  智弘院ブログ

九十九里浜  智弘院ブログ

修行体験の出来るお寺です。

法華経の福徳をいただく。
物心両面が豊かになる。

お寺はいつも開いています。
いつでもお待ちしております。


九十九里浜 智弘院HP


 供養会    写経    座禅   祈願


早朝の参拝、読経座禅作務行など体験できます。

 

 

 

静かに自己を見つめ、心身を浄化し、人生を好転させましょう。


 


寺子屋(第1・3土曜日午前8時~)












降り続く秋の長雨、​暑かった夏を終わらせ、次第に冷たい冬へと季節が変わっていく合図です。


ある意味、ずっと同じままのものは一つもない、諸行無常という世界の本当の姿を見せてくれています。


​この雨には、ふたつの顔があり、喉が渇いた大地や野菜を潤す「恵みの顔」と、気分が沈んだり、時には大きな災害を起こしたりする「困った顔」です。


​でも、雨そのものに「良い」「悪い」はありません。ただ自然のままに降っているだけです。


私たちが「今日は晴れてほしいのに」と自分勝手な都合で決めているだけなのかもしれません。


​思い通りにならない雨の日だからこそ、自分の心と静かに向き合う時間が生まれます。


雨の音を聞きながら「この雨のおかげで、野菜も、自分たちの水も支えられているんだな」と想像してみる。


各地で災害級の雨が続いており、千葉はこの週末の台風26号の心配しかなく、自然を恨んでしまいたくもなります。


しかし​秋の雨は、自分だけの世界から少し離れて、命のつながりや感謝の気持ちを思い出させてくれるメッセージとして受けとめて、今は前に進んでいきたいものです。




お彼岸も明け、この1週間はいろいろな立場で、お墓参りをなされたことでしょう。


​手には綺麗な花とお線香、お墓の前に進みます。

手桶から汲んだ水を柄杓ですくって墓石にかけると、水を吸った石が、すうっと深い色に変わっていきます。


花立てにお花、お線香に火をつけると、白い煙がゆらゆらと立ち上り、懐かしい香り。


両手を合わせて目を閉じ、最近の報告、生前の言葉を思い出し、懐かしい姿が線香の香りと一緒に蘇ってくる。


自問自答し、悩みごとなど​一通り胸の内を吐き出すと、不思議とすーっと心が軽くなる。


​目を開けると、先ほどと何か違って見えるお墓。


自分には、​苦労を乗り越えて命をつないでくれた御先祖様がいる、たくさんの味方がいるんだなと。


辛いときほど​、誰もいないと孤独を感じてしまうけれど、御先祖様が苦難を乗り越えてきた「生きる力」が自分のなかにはちゃんと流れている。


お墓参りを終えると、心の中に芯が通ったような気がして、帰り道は足取りは軽い。


お墓参りは、亡くなった人を供養する場所であると同時に、生きている自分が「大丈夫」と背中を押してもらう場所。


​明日からの忙しい日常へ戻っていくために、頑張れる力をもらうことが出来る墓参です。




「お月様には、うさぎさんが住んでいて、十五夜になると餅つきをするんだよ。」

「あそこが耳で、臼があって・・・」

と、子どもの頃お月様を眺めていると不思議とウサギが見えたものです。


古くから伝わるこの話は、お釈迦さまの過去世の修行の物語なのです。


月兎と帝釈天


仲良く暮らす、ウサギとキツネとサルが居ました。


3匹は、いつも

「自分達が獣の姿なのはなぜだろう?」

「前世で何か悪いことをしたからではないだろうか?」

「それならば、せめて今から人の役に立つことをしよう!」

ということを話し合っていました。


この話を聞いていた帝釈天(たいしゃくてん)は、

何か良いことをさせてあげようと思い、老人に姿を変えて3匹の前に現れます。


何も知らない3匹は、目の前の疲れ果てた老人が

「おなかが空いて動けない。何か食べ物を恵んでほしい。」

と、話すと、やっと人の役に立つことができる!と喜んで

老人のために食べ物を集めに行きました。


サルは木に登って木の実や果物を、キツネは魚を採ってきました。


ところが、ウサギだけは一生懸命頑張っても、何も持ってくることができません。


ウサギは、「もう一度探しに行ってくるから火を焚いて待っていて欲しい。」

と、キツネとサルに話して出かけていきました。


暫くすると、ウサギは手ぶらで戻ってきました。


そんなウサギを、キツネとサルは嘘つきだと攻め立てます。


するとウサギは、

「私には、食べ物を採る力がありません。どうぞ私を食べてください。」

と言って火の中に飛び込み、自分の身を老人に捧げました。


これを見た老人は、すぐに帝釈天の姿に戻り。

「お前達の優しい気持ちは、良く解った。今度生まれ変わる時には、人間として生まれてくるようにしてあげよう。

 とくに、うさぎの心がけは立派なものだ。この黒こげになった姿は永遠に月の中に残こすことにしよう」

とおっしゃいました。

こうして、月にはウサギの姿が今でも残っているのです。


日本では今昔物語に月兎の話があり、天竺の部にも本生伝として、お釈迦さまの過去世の修行を伝えています。


 布施の心、捨身のという執着を離れた思いやりの心を教える物語です。


猿は智慧であり、狐は力、能力を表します。そして一番大切なのは、ウサギに示された真心ということです。