おはようございます
みちヨガです😊
昨日書いた記事のここ大事なことなので
もう一度記します。
みちヨガでは、
この受信器である身体の精度を高めたり
チューニングやリセット
などもしています。
なぜなら、
この受信器である身体の精度が高まることで
体験の質が高まることを
わたし自身が体得し、確信したから
なんです。
伝えたいこと
は、
『身体の精度を高めよう』
ということ
なぜなら、
『身体の精度が高まることで
体験の質が高まるから』
同じ体験をしても
その体験の質が変われば
それは、
『受け取ることが変わる』
それは、
『感じ取ることが変わる』
ということ
歓び、悲しみ、感謝、幸せ
その質が上がるということは
それだけで、
人生が豊かになるということ
同じ肉体、同じ生活でも
『ここ
』
同じ、じゃない
同じじゃないんですよ
んなもんじゃない。
人間のこの肉体を持ってして
感じ取れることって
『同じ繰り返しじゃない』
んだってば
飽きるなんてことないんだから
暇なんてことはない
つまんないなんてことないの
歳のせいにして済ませてる
『それ
』
『歳のせいなんかじゃない』
そりゃ白熱する
せっかく肉体持って生まれてきてよ、
肉体に宿れたというのに
『時間は限られている』
というのに
だが、
焦りは禁物
焦りは逆に働いてしまうから
何がって
神経が
だから、
みちヨガでは
『神経から休める整える』
を、する
『寝ても寝ても疲れが取れない』
『休んでも休んでも
休んだようじゃない』なんで
って
神経が休まっていないから
神経が整えば
『戦わなくていい』
『争わなくていい』
それを身体が分かるの、腑に落ちる
脳が、信号をキャッチして
『脳が休まる。から、安心する』
だから、大丈夫に成るの
そこにあるのは、
すべてを内包した
精神が自立した安心感
そしたらそこに、ホメオスタシス
自然治癒力、修復力が
自然治癒力、修復力が
正常に働く余地(空間)があるじゃない
だから回復する
姿勢を整えるのは、
見た目もそうだけど
それ以上に気が巡るからで、
この『気』が『生命の力』なんだから
ここまで来るのに十年超かかって
この身体使ってやってきて分かったこと
時代背景やこれからのことも
情報のエントロピーは増す一方
もう来るところまで来てるじゃん
この世界
くるっと反転して、向き合おうよ
外じゃなくて内に。
『肉体は可能性の宝庫』よ
肉体にすべて備わっているの
最初から
わたしが、一人でやってきて
本当に、大変だったから
精神崩壊して今も尚、通院中なんだから
それってどんなヨガ講師よ
それってどうよ
もうさ
ってやってよ(爆


でもね、だから分かったの
だから、分かる
今もその過程の中にいる
『安心してください』
今は落ち着いて回復傾向にあるんで
順調に減薬中ですし.
おパンツも、ええ勿論
履いてますから
てな感じで、
ぼやき、呟き、ぶちまけてみた
今朝、鏡の前でやったヨガ
めっちゃ気持ち宜しかったなぁ
みちヨガは、
基本、目を閉じることで
神経と脳を休めながら
体を動かす動的な瞑想に近いもの
みちヨガは、
常に進化し続けています。
今年は鏡の前で目を開け
自分自身と対面しながらのヨガも
検討してみようかな。
最後に、
わたしも取り入れている
ヌーソロジー(Noosology)
「精神と物質を統合するイデア論
(宇宙論)」
その提唱者である半田広宣さんが
2026年4月21日、大動脈解離のため
享年69歳にて急逝されました。
わたしはそのことを
一昨日の午後に
知った。
わたしはヌージストでもあり
サロンにも加入しているが
取り入れたのはここ数年…
三年程になるだろうか。
ヌーソロジーに触れて
その理論を生きてみて
わたしが得たものはというと、
・空間認識が変わり
・意識が変わると
・見ている世界が反転する。
みちヨガには
このヌーソロジーとして
まとめ上げられた理論を
『体験に落とす形』で入れています。
コーセンさん
まだその辺りに居ると思うけど
「え?、死んだ?…俺、死んだの?
へぇーーーー
『死』ってこんな感じかぁ♡
こんな感じなんだぁ、どれどれ…… 」
いつもどおり、目を輝かせ少年のように
猛烈『今』を愉しんでるんじゃないかな
思うし
これからもわたしの世界にずっと居続ける。
半田さん、コーセンさん
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
丁寧に思考を重ねまとめ上げられた
ヌーソロジーというイデア論は
今のわたしの日常に浸透しており
全部詰まった今に在れること
目の前から来る"わたし"の数々との出会い
本当に感謝しています。
一区切り、奥行きさまでした
そしてありがとう
ございます。
これからもまた、
よろしくお願いします。
もう、大好きっっ.








