おはようございます
みちヨガです


昨日あげた記事について
言語化挑戦してみます。
わたしは今この感覚をとても大切にしていて
この感覚の再現性を高めることにとても
興味があります。

それは、
非言語コミュニケーション
(ノンバーバル)」の領域のことです。

言語(言葉)ができる前の
もっと原始的本能的な身体感覚のレベル。
専門的にはいくつかの捉え方があり、


情動(じょうどう): 
言葉で「うれしい」と定義する前の、
体がじわ〜っと熱くなったり、
思わず声が漏れたりする「反応」そのもの。
クオリア: 
個々が感じる、独特の質感や心地よさのこと。

前言語的領域:
 赤ちゃんがお母さんと通じ合うときのような、
理屈抜きの「共鳴」の世界。 


言葉は「意味」を伝えるのに便利ですが
その場の音や表情、その瞬間の「生のエネルギー」
や「実感」までをリアルにあらわすことに
欠ける場合ありませんか?

脳で考える前の「命の生返事」のような
それをのままに伝えることは難しい。けれど、実際  
私たちが体験しているのは言葉そのものでは
なくこの「命の生返事」のようなそっちの方で。

それがそれぞれに自分独自の
そこに生々しい躍動感を感じているのだと。 

ここでいう躍動感とは、静止の中にある、
絶え間のない生命更新のことであり
スーパーでお魚やお野菜を選ぶときに感じ取る
コレだな!」のこと。


頭でロジックに考えるのではなく、
答えを見つける。その感覚乗る
ことで思考ブレーキがかからず
動きに無駄がなくなる。

身体知(しんたいち)」
直感」がフル稼働している状態。心理学
スポーツの世界では、こんな言葉で
説明されることも上差し

フロー状態:
 余計な雑念が消え、対象と自分が一体化して進む
没入状態」。

アフォーダンス
 モノ場所の方から語りかけてくるような
感覚。


脳が正解を見つけて「快感(報酬)」
感じているサイン。その波に乗ると、
パズルハマるように物事がうまく回り出す。
環境やモノとの波長が合う。

心理学では「フロー(Flow)」と呼び、
スポーツの世界では「ゾーン(Zone)」と呼ぶ
ことが多い、「極限集中状態」。 


フロー(Flow):
心理学者のチクセントミハイが提唱した概念。
日常の仕事、勉強、料理、片付けなど、
どんな場面でも起こりうる「没頭」の状態。
時間が経つのを忘れたり、
が勝手に動く感覚これにあたる。

ゾーン(Zone):
アスリートが大事な試合中に、
周囲がスローモーションに見えたり、
シュートが外れる気がしなかったりする、
フローの中でもさらに「研ぎ澄まされた
超常的な状態」を指すことが多い。 


これは何も特別なときの特別な感覚ではなく
例えば、わたしの日常のコマを切り取って
言葉にすると「片付けがスイスイ進む」
「モノの場所ピタッと決まる」という体験

での文章化された理解ではなく
言葉にならない声「んー」や「ふぅー」などが
発せられたり、赤子が喜んでいるように笑う、
「無邪気」や「無防備」に近いモノが読み取れる。

これは日常の中でフローに入っている状態。
頭の「考え」よりもの「感覚」が回り
ている、効率的心地よいモード。


一般的に「集中」というと、眉間にしわを寄せて
ーっ」と力むイメージがあるが、
フローやゾーンの集中はもっと
リラックスした没頭」。

一点集中」と「全体への広がり
同時に起きているような不思議な感覚。
具体的には、
こんな2つ側面セットになっている。


一点集中(対象との一体化):
目の前の行為や「モノ」に対して、余計な雑念が
消えて、それだけに意識が向いている状態。

周辺視野の広がり(直感のアンテナ):
一点を見つめているようでいて、実は
場全体」を感じ取っている。だからこそ、
論理をえたひらめきがスッと降りてくる。

ガチガチの集中ではなく、「体がひらいている」
状態。アンテナが全方位に伸びているから、
パズルピースがはまる場所が
自然見えてくる。


普通の人が普通にその状態、
その状態にいるのが当たり前🎯の世界。
日常からパフォーマンスよく、
それでいて身体心地よく健やか

かさの中、地に足付け着実に漸進

これがわたしのイメージする
豊かなと歓びの中で「生きる」「活きる」だ。
だからわたしは、この再現性にとても興味があり
本質への探求が尽きないのだ照れ