おはようございます
みちです


自分の中で▼直感と捉えていたもの
▼閃きだと思っていたもの
『分かった!』
『そうだ!』
『これだ!』と、来るもの

これらは直感でなく
過去の集積体の計算から脳が出してきたもの
なので
これまでの自分の枠を超えない範囲での答というか
もはや答すらない単なるプログラム反応というか…

昔のレジスターはエンターキーを押すと
お金の入ったところが開く飛び出るみたいな仕様
だったのだけれど
わたしの中ではそれがイメージされる

脳のプログラム作動
脳が過去の集積体から計算して導き出してた
答のようなもの、それを出す作業が
エンターキーを押すと飛び出るレジスターの
単なるあの動作な気がしている

今は
『分かった!』
『そうだ!』
『これだ!』と、来るものはこれではない
そしてまたこれさえをも材料になっていくのだ…

単なる脳のプログラム作動なことに気付いたことで
そこに【乗る】という自動的な流れを止める
【選択肢】があるということが見え
上記のような『!』が来た場合にでも
スルーできるようになってきた

なので要は
これまで▼直感▼閃きと思っていたものは
それではなかったということ
これ、最初に人から指摘されたときは、あ然とした
絶句…した。…真顔え?何を言うてまんの…アセアセや?

生まれてこのかた当たり前のように
疑ったことのない明確に居座った
私の中では【まるで事実】だったのだから
おそらくこうしたことが
まだまだ眠っているのだろう、私=この子の中には

当たり前のように居座った観念、思い、捉え方
人や社会や諸々から植え付けられた
それらをあぶり出す
草むしりのように常に気を付け目を向け
手を入れてやらな伸び放題になってしまうのだから

直感や閃きが降りてくる感覚というのも
人それぞれなのだろう
わたしの場合、単語がポンと浮かび
それを調べてはじめてちゃんとした意味が分かる
ことだったり

逆に上記『!』が来たときに
それとは反対を選んでいくことが正解だったり
ここでいう正解というのは
これまでとは違った道が拓けるってことだったり
単純にそっちが当たりだったりもする

またただ単純に分かるってのもある
「あ、これ受けるやつだ…」とか静かに分かる
また行動が伴い動きながら知っていくというか
もうそっちに動いていて(乗っていて)
あとから考えるとそうだったのかと納得するもの等

もしかしたら
常に降りていて乗っているのかも知れない
なんというか奇跡というレールに
それでいて『!』が来たり
未来への予想や過去からの懸念などが入ったり

それらに引っ張られたときに
レールを外すだけなのかも知れぬ…。
そんな検証もしつつ
今日も今日とてわたしの道を
最善が起こるのみのこの道に乗ってこ照れ