おはよう、朝
相変わらず左の肩甲骨キワと右の腰
昨晩はモヤモヤを祓って眠れると思ったが
お布団入ってからもすぐには寝付けなかった
どうしても思考が巡ってしまい
可能性の世界というよりは不安・恐怖をさまよった
グルグルやモヤモヤがある中で体に感じたのは
右後頭部と首の境目辺りのコリや痛み
当事者の痛みを自分のことのように見てしまう
重ねて見てしまったときにはみぞおちにきた
人の痛みに触れるとき
NVC的にいう共感ではなく
同調してしまったのだと思う
❴自分❵ が入って感じてしまった
❴自分❵ と混ざって影響を受け、くらってしまった
これだと思う
昨日の夫との会話
みん「共感をしてもらいたいんだよ」
夫:「え?できないよ。そう思わないから」
みん「思わなくてもいんだよ。みんちゃんはそう
思うんだねって共感してもらいたいんだよ」
夫:「それは共感じゃないでしょ。理解でしょ
辞書ひいてみな」
みん「そう
理解
」
現代の辞書Googleをググってみた
◆他者と喜怒哀楽の感情を共有すること
例えば友人がつらい表情をしている時、相手が
「つらい思いをしているのだ」ということが
分かるだけでなく自分もつらい感情を持つ
〜ウェキペディアより〜
◆他人の気持ちや感じ方に自分を同調させる
資質や力。他人の感情や経験をあたかも自分自身
のこととして考え感じ理解し、それと同調したり
共有したりすること
〜コトバンクより〜
◆他人の意見や感情などにそのとおりだと感じる
こと、その気持ち
〜goo辞書より〜
現代社会ではやはり以上のように表現されること
のが多いようだ。中にはもう少し進んだ捉え方
「他人の考えや意見を察したり、喜怒哀楽などの
感情に寄り添ったり」というものもなくはない
NVC的な共感は
前者たちよりも後者の要素を指している
自分が相手と同じ意見、同じ感情である必要はなく
相手の意見と感情がその人の中にあることを
理解する。その上で何を必要としているのかを
観察、推察、察するといったもの
ここ顕在意識でなく
潜在意識にアクセスするところなので
とても難しい領域にはなる。その人自身が
何を必要としているかを認識していないことも多い
人のこと見るのも難しいが自分のこと見るとなると
輪をかけてことさら難しい…。

自分自身でさえ何を必要としているかなんて
ほぼほぼ認識していない
でも
そこにこそ希望があるんです
さてと
今日も今日をはじめよう
わたしの今日をはじめよう