こんばんは
チコです
先日の研修会の中で
" 執着・こだわりのポイント探し" なる
ワークを行いました
私の好きな心理学の分野であり
クライアントとカウンセラー役に分かれ
カウンセリングの練習をします
テーマは「最近あった感情的場面」
私は昨年のある風景を思い出しました
私の主人は毎日お酒を飲んでいました
500mlのビールを3本、毎日です
休肝日なるものはありませんし
時にはそこにワインや焼酎、日本酒が
追加されることもありました
肝臓や膵臓は沈黙の臓器とも言われ
気付いた時には手遅れに
なんて話も聞きますし
私は主人の体が心配でした
お腹回りは年々右肩上がり
肝機能の数値も徐々に悪化傾向
考えてもらおうとそれとなーく伝えても
本人その気は全くなさそう
なので、
ある日を境に冷蔵庫に冷やすビールを
3本から2本に変えてみたんです
それが主人の勘に触れたようで
いきなり「禁酒する」と
言い出したのです
私からすれば、青天の霹靂
何よりも愛しているビールを断つ
だなんて
驚いている私をよそに主人は本当に
お酒を飲まなくなりました
そしたら会話が減り笑いも減り
お家の中が緊張で一杯になりました
楽しみにしていた X'mas も
盛り上がることのない暗ーい食卓
頑張って作ったローストチキンの
感想もないまま呆気なく過ぎ去りました
以前の主人は帰宅後お風呂から上がると
パンツ一丁で缶ビールを空け
腰に手を当て本当に美味しそうに
飲んでいました
本当にビールが好きなようで
最後の一滴まで缶底を叩いて飲む位
そして
「チコちゃんのご飯は美味しいなぁ」と
幸せそうな顔して それが当たり前で
私はそんな主人が大好きでした
楽しかった
私がビールの量を減らしたばかりに
その光景は消え去りました
私は主人の居ないところで
泣いていましまた
私が間違っていたのか
いろいろ考えました
このことを題材にして
カウンセリングを受けました
そして分かったことは
私は "独りになることを怖れていた"
ということでした
主人が病気になったり
死んじゃったりしたあとに
自分が独りになることを怖れていたのです
主人の体が~という裏で
私が握りしめていたのは "恐怖心" でした
そして
私は小さい頃からずっとこの恐怖心を
手放せないでいることに
気付きました
一度気付くと不思議なもので
『気付き』は連続でやってきます
過去の情景が私の脳裏を流れてゆく
今では主人もまたお酒を飲むようになり
和やかな日常が戻りました
そして休肝日も設けるようになりました
なので
結果オーライではありますが
私は今日も恐怖心を握りしめています
この恐怖心は
今までいろんな場面で顔を出してきたし
これからも顔を出すことでしょう
人一倍大きな "恐怖心" と "不安感" を
40年間も大切に抱えてきてしまった
愛着なんてもんは更々ないし
できることなら今すぐにでも手放したい
自分や大切な人の死を怖れる気持ちは
誰にでもあると思うけど
大切な人の生き甲斐や喜びを
奪う権利は、私にはない
アドラー心理学
「課題の分離」に照らし合わせると
お酒 = 主人の問題
私の問題は "恐怖心" であることを
痛切に実感させられました
そんなこと考えてたら
私も飲みたくなってきた
先日仕入れたいぶりがっこに
クリームチーズでものせて
逃避行の旅にでも出るとするか
最後まで読んで下さり
ありがとうございます

チコです
先日の研修会の中で
" 執着・こだわりのポイント探し" なる
ワークを行いました
私の好きな心理学の分野であり
クライアントとカウンセラー役に分かれ
カウンセリングの練習をします
テーマは「最近あった感情的場面」
私は昨年のある風景を思い出しました
私の主人は毎日お酒を飲んでいました
500mlのビールを3本、毎日です
休肝日なるものはありませんし
時にはそこにワインや焼酎、日本酒が
追加されることもありました
肝臓や膵臓は沈黙の臓器とも言われ
気付いた時には手遅れに
なんて話も聞きますし
私は主人の体が心配でした
お腹回りは年々右肩上がり
肝機能の数値も徐々に悪化傾向
考えてもらおうとそれとなーく伝えても
本人その気は全くなさそう
なので、
ある日を境に冷蔵庫に冷やすビールを
3本から2本に変えてみたんです
それが主人の勘に触れたようで
いきなり「禁酒する」と
言い出したのです
私からすれば、青天の霹靂
何よりも愛しているビールを断つ
だなんて
驚いている私をよそに主人は本当に
お酒を飲まなくなりました
そしたら会話が減り笑いも減り
お家の中が緊張で一杯になりました
楽しみにしていた X'mas も
盛り上がることのない暗ーい食卓
頑張って作ったローストチキンの
感想もないまま呆気なく過ぎ去りました
以前の主人は帰宅後お風呂から上がると
パンツ一丁で缶ビールを空け
腰に手を当て本当に美味しそうに
飲んでいました
本当にビールが好きなようで
最後の一滴まで缶底を叩いて飲む位
そして
「チコちゃんのご飯は美味しいなぁ」と
幸せそうな顔して それが当たり前で
私はそんな主人が大好きでした
楽しかった
私がビールの量を減らしたばかりに
その光景は消え去りました
私は主人の居ないところで
泣いていましまた
私が間違っていたのか
いろいろ考えました
このことを題材にして
カウンセリングを受けました
そして分かったことは
私は "独りになることを怖れていた"
ということでした
主人が病気になったり
死んじゃったりしたあとに
自分が独りになることを怖れていたのです
主人の体が~という裏で
私が握りしめていたのは "恐怖心" でした
そして
私は小さい頃からずっとこの恐怖心を
手放せないでいることに
気付きました
一度気付くと不思議なもので
『気付き』は連続でやってきます
過去の情景が私の脳裏を流れてゆく
今では主人もまたお酒を飲むようになり
和やかな日常が戻りました
そして休肝日も設けるようになりました
なので
結果オーライではありますが
私は今日も恐怖心を握りしめています
この恐怖心は
今までいろんな場面で顔を出してきたし
これからも顔を出すことでしょう
人一倍大きな "恐怖心" と "不安感" を
40年間も大切に抱えてきてしまった
愛着なんてもんは更々ないし
できることなら今すぐにでも手放したい
自分や大切な人の死を怖れる気持ちは
誰にでもあると思うけど
大切な人の生き甲斐や喜びを
奪う権利は、私にはない
アドラー心理学
「課題の分離」に照らし合わせると
お酒 = 主人の問題
私の問題は "恐怖心" であることを
痛切に実感させられました
そんなこと考えてたら
私も飲みたくなってきた
先日仕入れたいぶりがっこに
クリームチーズでものせて
逃避行の旅にでも出るとするか
最後まで読んで下さり
ありがとうございます