仕事をクビになった訳でも、死に至る病にかかったわけでもない。
一日を通して打ち込んでいる事が、従来の「働いている」という感覚から逸脱した。すなわち、「好きなことをして過ごしている」という感覚に至ったのだ。所謂趣味に近いのかもしれない。
なぜそう感じたのかを整理する。
元々私は賃金を得るために働いていた。いや、賃金を得ること目的として働かざるを得なかったという方が正しい。
会社の昇給のテーブルは明確で、誰がいくら貰っているか、今回のボーナスはいくらだったか、いつどれくらい貰えるようになるかが同僚との話の中心だった。
確かに昇給がモチベーションになる人種には、これ以上無いくらい素晴らしい評価システムかもしれない。
ただ元々自分はそこにモチベーションを感じていなかった。昇給のために社内政治にコミットしたり点数取りに行くことが全く無く、ある意味大企業には珍しいタイプかもしれない。
寧ろ面白いと自分が思えることを好きなだけやらせてくれる環境の方が願ったり叶ったりだった。
しかし何年経っても業務内容はさほど変わらず、賃金だけが成果に応じて上昇していくシステムを思うと、仕事をする理由が「少しでも昇給するため」と自分に言い聞かせるしか無かった。
スタートアップに転職した今はまるで違う。
賃金は生活に必要なだけ毎月勝手に振り込まれているので、考えなくてよくなった。
この瞬間、「働く=賃金を得る」という当然かのようなトレードオフが右項が消えたことにより左項も消えたのだ。
ではどうやって過ごすのか。
「一日中好きなことをする」これだけが残る。
好きなこととは、
「好きな同僚と興味あるコンテンツを深掘りし、また議論して人の役に立つことを考え、周囲にピッチを繰り返すことで世の中に価値を生み出す。」
ここには「働く」という概念は無く、「昇給」も「休日」も無い。
毎日過ごす全てが自分の好きなことなのだ。
こうなった今、世間の「働き方改革」や「休日の過ごし方」「趣味」という、従来の「働く」と線引きしたいがために生まれた対極物が無意味に思える。
好きなことを好きなだけできる最高の環境に感謝し、あとは価値を確実に提供できるよう、より没頭するのみ。