「羅生門」                  
VER:chick 

 昔は目を見張るようだった羅生門は、今は尋常じゃないほどにさびれていた。京都に立て続けでおこった惨事が原因だった。
 おかけで荒れた羅生門には、盗人いたり死体がごろごろあったりと、拍車をかけて荒れているそうだ。
 雨は外を出歩けないほど激しく降ってはいなかったが、私は羅生門の下で雨がやむのを待っていた。もし、どこかに行く予定があったなら私はすぐにでもこの薄気味悪い羅生門などあとにしていただろう。しかし、私には行くあてが無かった。先日長い間仕えていた主人から暇を出されたのだ。
 明日から暮らしをどうしようか、私は途方に暮れてしまった。まだ一向にやむ気配のない雨の音を聞きながら私は、もう今になってはどうにもならないことを、どうしようか考えた。京都の厳しい夕冷えが背を押した形で私にはある考えが浮かんだ。
 どうにもならないことをどうにかするには、手段など選んではいられない。やらなければ飢え死して、噂にきく羅生門の上にある死体と一緒に犬のように捨てられるだけなのだ。盗人になるしかない。しかし私にはそれを決心するのにいくらか勇気が足りなかった。
 とりあえず今夜一晩を明かせる場所が必要だと思い、羅生門の上にあがった。どうせ上には死体しかないと考えていたが、梯子を登りきらないところで光が見えた。ゆらゆらと光が揺れているが人影が見える。何やらこそこそとしているようだ。腰に下げてある刀に手をかけ、中をびくびく覗いて見た。
 そこには、みすぼらしい姿をした腰の曲がった老婆がいた。中は死体の腐臭で立ちこめていたが、その老婆のしていることを見て、私はそれが気にならなくなった。
 老婆は女の死骸の傍らでうずくまり、その死骸の長い髪を一本一本引き抜いていたのだ。あたりを照らしているのは皿に入ったわずかの油とそれに浸した一本の灯芯だけだった。
 私にはその老婆が何を目当てでやっているのかわからなかった。なので、それが善なのか悪なのか判断する事ができない。ただこんなところ、羅生門の上で死人の髪を抜くことはとても酷いことに思われた。私はさっきふと脳裏でかすめた盗人になる、という考えを無かったことにした。その代わりに正義感が自分の中につのった。素早く梯子を登りきり、老婆の前に立ちはだかる。
 「何をしているのだ」私がそう聞くと老婆は慌てふためいて逃げようとした、が、私の腰にある刀を見て「かつらを作ろうと思ったのでございます」とかすれた声で言った。この老婆は捨てられた死体から髪を抜き取ってかつらにしようと考えていたのだ。老婆のおろおろとした態度に憎悪は冷めていったが、老婆のした行為を思い返すとやはり吐き気がした。
 老婆は私の鋭い視線を感じたのかまた口を開いた。
「この女は自分の生活の為に人に嘘をついた。わしも生きていかねばならぬ。髪の毛を抜くのは悪いことかもしれぬが、この女は私をうらむことはないであろう。この女はそれが仕方ないことだと、いちばん知っていたはずじゃ」
 老婆の言い方はなにか自分に言い聞かせているような口調だった。それを聞いているとふと私の中に勇気がわき起こった。さっき取り消してわすれたはずの勇気だった。
「では、私がひきはぎをしようとかまわないな」
 私はそういうと老婆の着物をはぎ取った。それを抱えて梯子を勢いよく降りる。
 この暗闇では、誰も私を見つけることはできないだろう。私自信、自分がどこにいるのかわからなかった。


多分暗闇がそうさせたのだ。