r>g | 秋山のブログ

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引き続き澁谷氏の寄稿から。澁谷氏はピケティ氏のr>gに対して異論をとなえている。異論は読んでいてどうもおかしく思えるが、異論を検討してみたところr>gの意義が浮かび上がってきた。

とりあえずr>gに関して説明すれば、ピケティ氏の計算によれば資本収益率が成長率に対して常に大きかったという話だ。経済学の主流派の考えによれば、P23『資本蓄積が進むにつれて、資本収益率は低下していく』ために成長率と均衡状態(r=g)になる(成長により資本は蓄積される)はずなのが、全くなっていないということなのである。収益率の逓減と、お金も不動産等も合算で資本を考え、それが成長によって増えるものと考えるならば、それは正しいと思えてしまうだろう。この間違ったモデルを信じているから、澁谷氏はP23『その現象を理論的に説明できるモデル』を思いつかないのだ。理由は簡単である。一つは、資本から得た収益は、何かを買うために使われうるということだ。資本収益率は資本増加率ではないのである。また、それが増加率ということであっても、誰かの資本におけるお金の増加は、誰かが借金をした結果に他ならないのである。逆に言えば誰かが借金すればその率はいくらほどでもいいのである。すなわち、澁谷氏の言う第1の問題点(新古典派を信じる多くの経済学者がそう考えているようだ)は的外れだ。

第2の問題点として、r>gが不平等が拡大するための必要条件でないことと、r=gでも格差が拡大しうることを指摘している。しかし、本来r>gが拡大を証明しているということは、r>gは拡大の十分条件であるということで、また十分条件であればそれで十分だ(十分条件であって必要条件でないということは、r>gであれば拡大するが、それ以外でも拡大することがあるということを意味する)。ただし、本来成長率は生産がどれだけ拡大したかということであって、適正な資本収益率の目安にはなっても、格差拡大を直接証明しているわけではないだろう。r>gが続くことと、富の富裕層への偏在があって、格差が拡大することが考えられる(前述のカラクリを考えれば、十分条件とまでは言いえない)と言える程度だろう。
蛇足だが、正規分布を仮定した説明はいただけない。正規分布を仮定するということは、収益率がランダムに決まるということの想定だ。サイコロの目の平均を創造してみればよい。ランダムであるならば、回数を繰り返すうちに、むしろ平均に近づいていくだろう。格差拡大を言うのであれば、分散しているだけでなく勝ち組が固定化しているという条件も必要だ。もちろんその場合は、別に正規分布とか言い出す必要もない。結局これは数学を持ち出してもっともらしくしているだけなのである。

第3の問題点のリスクプレミアム云々に関しては、長くなりそうなので後で書こうと思う。

まとめれば、r>gは、P23『富の集中を自然に抑制する経済メカニズム』は機能していない(おそらくは存在すらしていない)ということだろう。富の富裕層への偏在と、それがますます拡大していることを見れば、格差拡大は一時的なことでも例外的なことでもないことを表しているだろう。