GDPギャップの推計方法 | 秋山のブログ

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GDPギャップという概念がある。今回何故これについて考察しようと思ったかと言えば、右記リンクの記事にこんな表現があったからだ。引用する。
『サマーズが米国でさえGDPギャップが10%あると言っているくらいなのだから、デフレ経済とお墨付きの日本のGDPギャップが2.8%とか0.3%と言っている連中の頭がおかしいのである』
何に引っかかったかと言えば、GDPギャップの日米両国のありえない程低いその値だ。GDPギャップは絶対値ではなくて、時系列を見ることが重要だと言っても、こんな出鱈目な値では、有意義な結論など導けるはずもないだろう。
米国はもちろんであるが、日本の異常な値には、どうも定義の問題がありそうだ。Wikiの産出量ギャップから、日本の記述の一部を引用する。
『内閣府は、「経済の過去のトレンドから見て平均的に生産要素を投入した時に実現可能なGDP」を潜在GDPと呼んでおり、この定義に基づいて国民経済計算の潜在GDPを推計し需給ギャップを算出している』
要するに日本は少ない需要に抑制された結果の”平均”の生産要素投入量によって導かれた供給量を総供給量と考えているということだ。これは根本の定義とは異なる内容である。つまり日本ではギャップがないことを前提の定義がなされているということだ。
現実を見てみれば、需要さえあればもっともっとたくさん生産できる工場は日本に山程あるだろう。米や他の農産物だって減反や生産調整が必要であるくらい余っている。何かの販売員の多くは、空いている時間が全て無駄なわけでもなく、フルで働けば体を壊すとかもあるだろうが、客待ちの時間がたくさんある。毎日フルで働いている業務、多大な残業を必要とする業務がある一方、需要さえあればもっと供給できる業務もたくさんあるのである(この辺りは本来は正確にデータをとる必要があろうだろう。ここには主観が入る)。失業がなくても、一人当りの生産性を活かせていないのではないだろうか。さらには、失業や、就業を諦めている人も多々いるわけで、米国の10%ですら過少であるとしか思えない。日本に至っては仮定の100%と比べて今どのくらいなのかという話なので、(百歩譲って計算が正確だとしても)GDPギャップが今何%と表現することは慎むべきだろう。

さらに推計方法を調べてみると、コブダグラスの生産関数が使われており、まず正しい計算が可能とも思えないが、逆にこの生産関数が現実といかに符合しないかのまさに実例となりうる。表を引用する。

資本と労働は実際に測定されたものだから誤魔化しようがない。これを見て分ることはTFP(全要素生産性)が結果を合わせるための値になっていることである。TFPは技術の進歩を反映するとして、このような技術進歩の増減が現実にあったのかと考えれば答えは明白だろう。
現実をさらに考えれば、潜在成長率の減少は、供給力の成長ではなくて需要の減少に引きずられたものとも容易に予想できるだろう。