インフレも貿易も無く資産の運用先もない国X。そこにはAさんとBさん二人だけ住んでいる。
Aさんの資産は1000円。Bさんの資産も1000円。そのうちAさんもBさんも800円を国債として所有している。金利は0.1%。金利は低いが運用先も無いから国債で運用。
国には1600円の借金があるが、資産も200円ほどあり、それを切り崩しても100年は大丈夫。
さてそこに大地震が発生。Bさんは生活基盤回復のために1200円が必要。誰も募金などしてくれない。
Bさんは国債を換金して、今後は国債を購入してくれないであろう。
国債で足りない分、他から借りるわけで、Aさんの運用先の出現に、国債はこのままの低利率を維持できないであろう。
国X、大ピンチ!!
それはあたかも正しいように見える。
同じような見方をしている人が、今回の大震災でも少なからずもいる。
しかしこれには見落としがあるのだ。
通貨発行権とかいうウルトラCではない。
もっと根本的なことだ。
それは、Bが必要とした1200円というお金は使われて誰かに移行するだけで消失するわけではないということだ。
それを得るのは、もう一人の国民Aでもいいし、新たな登場人物Cでもいいが、結局その他の運用先はないので、国債が買われるしかないのだ。
Aさんが業者としてその後の資産を見れば、Aさん、2200円、そのうち国債1600円、Bさんへの国債より高利の貸し付け400円。Bさん、資産マイナス400円、全てBさんへの借金。国の状態変わらず。ということになる。
もちろん現実はそんなに単純ではないが、少なくとも、運用先が金銭を使うという点、それがどこにいくかという点に気付かないで考察するのは、誤りだ。