今ハ昔・昔ノお話  第一話  私の誕生(1)

  自叙伝でないが、子供の頃を思い出し記憶している事を書いて見よう。
 両親や親戚の人、近所のおじさん、おばさんに聞いた話など思い出してみよう。

 昭和十二年五月六日、家族四人が深夜月の明かりを頼りに峠道を歩いている。
父は荷物を背負い、両手に荷物、母は両手に長女七歳と次女三歳、背中に昨日亡くなった五歳の長男、そして母のお腹に八ヶ月の赤ちゃん、それが私である。
 父は事業に失敗して、三十キロ程離れた従兄弟の所に居候し小間物の行商をしていた。父は大きな農家の次男坊に生まれ、坊ちゃん育ち仕事も続かず、母は大変苦労したと言う。
 其の頃、伝染病が流行し、何時も遊んでいた子供が亡くなった知らせがきた。
其の時、母は「しまった」と思ったと言う。すぐ、医者に見てもらったが手遅れだった。「とうちゃんしごとにいった」かぼそい声で何べんも繰り返したと言う。
だんだん声も小さくなり唇の動きも小さくなっていつた。
母は「父さんは仕事に行き今帰ってきて、横に居るよと言うと」苦しさを抑えて
父の方をみようと必死に頭を動かして、父を見て息を引き取ったと言う。
昭和十二年五月五日、五歳と言う短い命であつた。  つづく