「真理探究中です。」

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嗜好品のようなブログを目指します

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こんばんは。

9月に入って、ようやく夏休みらしいことができた3日間でした。

関東に戻ってみたら台風直撃で、かろうじて嵐の前の静寂でしたが、明日の朝から怖いですね。

 

金曜日から3日間、石川県金沢に行ってまいりました。

去年も9月に行ってきましたが、仕事でダチ公がいるので、会いに行ってきました。

1年ぶりの再会です。

 

去年は金沢が初めてだったので、金沢市内をたくさん案内してもらいましたが、何気なく「じゃあ来年はお隣の福井県の恐竜でもみに行きたいな!」なんて軽はずみに言いましたが、その約束を果たす企画でした。

 

「約束なんてするもんじゃねえな」

 

って思いつつ、今回は初めての福井県を訪れることができました。

※福井県には世界有数の「恐竜博物館」がありますので。

47都道府県天下統一まで、まだまだ道は遠いですが、今回の1は天下統一にまた1歩近づきました。

 

異動してから本当に「休むとは何か?」っていうくらいに働かされてきましたが、先週の月曜日からは途端に閑散期に突入し、そして金沢遠征だったので、逆に「働くとは何か?」っていうくらいに休んでしまいました。(笑)

 

でも今回の休暇では、新しい発見があります。

それは「休暇の中にも学びはある」ってことでした。

今回は新幹線の中でも久しぶりに本を2冊読めました。

やはりまとまった移動時間は最高のインプットタイムですね。

 

また、先週より書評ブログのブックハーバ(http://book-harbor.com)を復活させました。

今回の目標は継続することでしたが、やっぱりアクセス数を伸ばすためには「広告」も大事であろうということで、珍しくソーシャルメディア戦略についても調べてみました。

 

金沢のダチ公も、第1線活躍する営業マンで、大学時代は経営学をおさめていたので、相談してみました。

まずはフォロワーの確保、「営業しかないな」っとスキマ時間があればスマホを開いて、営業活動しました。

数字が伸びていくのを時間を置いてみるのも、なんか休暇をしているのに仕事の楽しさを感じてしまいました(笑)

そして、もちろん営業、広報する以上、「コンテンツ」が命です。

 

この一言は本当に学ばせてもらいました。

 

「結局この本は読んでどうなったの?」

 

(沈黙)

 

「んー賢くなった(笑)」

 

「じゃあそういうジャンルわけでもいいんじゃない?「賢くなる本」みたいな。」

 

書評なんて名乗りながら、意外と「読んだらどうなる?」って基本に気づいていませんでした。

もちろん、読むと「こんな知識が手に入る」とかはありますけど、そうじゃなくてもっとシンプルな感情や状態で表すということをしていませんでした。

 

「元気になる本」とか「ワクワクする本」や「ムラムラする本」とかいろいろ欲求に合わせたジャンルの方が、本の選択にはいいのかもしれない。

 

ちょっと新しい選択肢をもらって、次週から生かして行きたいなって思っています。

 

やはり年齢を重ねていくと、取り巻く状況や考え方も変わっていき、人間関係が疎遠になっていくとは言われますが、やはり学びを得られる人というのは、何年経とうと関係ないのだなって思いました。

 

自分も常に学び続けて、周りの人にとって「良き友人」であり続けたい、と思いました。

 

またいつもいるところから少し離れた場所に行くことは、疲れるなーって思うことが多くなってきましたが、ここは「いいネタになりそう」とか「恐竜と本についても書いたら面白いかもな」とか「このグルメは紹介したいな」や、

 

「恐竜と名付けたのはリチャード・オーウェンという人」

 

など、本当に記事を書く上でも良い刺激になるし、人として学びが多いってことも再認識することができました。

 

インドアになりつつあった自分ですが、ちょっとそこまで街に出てみることをもう一度やってみよう!と思います。やっぱり県外はいいものです。

 

関東の皆さんは、とにかく今夜の台風直撃を乗り切りましょう。

また明日から仕事ですが、学んだことをエンジンに適当に乗り切って行きたいものです。

 

それではまた。

God bless you.

 

 

 

 

 

 

先週に坂田社長と喫茶店巡りをしました。

コーヒーも美味しかったのはもちろんですが、色々と自分のできることにまっすぐに取り組んでいることがわかってよい刺激になりました。

なんなら退路を絶ってまで自分のやりたいことに取り組んでいることを聞いて覚悟が違うな、と素直に尊敬しました。

 

今後の坂田社長のビジョンの中には、「寅次郎さんをウェブライターとして迎えたい」なんていうお話もありました。能力を買っていただいたのは大変光栄なのですが、まだまだ私はお役に立てるほどの人材ではないと思っています。だってまだ何も実績もありませんし、なんなんなら最近全然更新していないですから(笑)

 

疲労を理由に色々と記録することをサボっていましたが、坂田社長はちゃんとサラリーマンの仕事をした後も、働いて、睡眠時間は4時間程度で動いているっと言っていました。

「今が一番働かなきゃいけない時だから」と言っていましたが、結局人間何かやりたいことを成し遂げるには、下積みが必要ということですね。

 

最近はセミの声も少なくなってきていますが、セミのように下積みを7年やらなきゃ地上で活躍することはできないということです。あ、セミって例えると、下積みが長いだけで、一発屋みたいだって言われそうですが、特に他意はありません。あくまで下積みという意味でセミです。

 

でも坂田社長を見ていると、自分もなんかちゃんと取り組もうっ思っているものがあったなと思い出しました。

それは、書評ブログ(ブックハーバー)でした。

今年の2月に開始して、年度末と年度始めの混乱に乗じてしばらく放置して、5月にテコ入れと称して、「人生相談」ジャンルを取り入れたり、対話形式の記事をやって見たりしましたが、そのまま打ち切りとなってしまいました。

 

上半期の墜落の原因を思い返すと、「書評ブログ」という看板にちょっと取り憑かれていました。

ちゃんと紹介しなきゃとか、なんかオーソドックスな流れみたいなものがあるのかな、って。

でも気づいたんです。

 

あんまり形式が決まっていると、書くのがめんどくさい!ってことに(笑)

 

やっぱりアメブロのように自由にやらしてもらっていると、形式が決まっているものは続かないですね。

だから今回のリニューアルは、サイトの目標やジャンル、サイトカラーなども刷新しました。

今回も一応「読書」というカテゴリーは作っていますが、一番やりやすいジャンルは「コラム」ですね。

ここなら、形式無視の自由な記事を書けると思って、ワクワクしています。

 

あとブログの目標は、「カッコイイおじさんになること」っていうことで、その中で読書とか喫茶店とかを位置づけています。

本当は「海賊王になる」みたいな目標が良かったのですが、色々とアレなんで、かっこいいおじさんにしておきました。

ってことで今回こそは続けます。ブックハーバー。あんまり名前とコンテンツがリンクしなりそうですが、そういう細かいところはいいですよね。根っこのところは同じですから。

 

ブックハーバの復活を持って9月を迎えることができました。

俺たちの夏はこっからです。

それではまた。

 

God bless you.

 

 

こんばんは。

本当に久しぶりの更新となりました。

 

6月の異動先は、繁忙期真っ盛り。

右も左もわからないまま、ただがむしゃらに走った3ヶ月でした。

それも一昨日の金曜日で一定の区切りがつきました。

 

気がつけば夏らしいこともしないで、朝晩の風は、夏の去り際を感じるような季節になってしまいましたが、令和最初の夏は、仕事の夏でした。

夏を満喫できなかった悔しさというよりは、やりきった達成感と疲労感が優っています。

 

この3ヶ月で見えてきたものがあります。

組織人となって4年目ですが、全く新しい仕事をする上で、新入社員の頃とは違う自分がいたこと。

まあ当たり前ですが、ちゃんと3年間で成長をしていたのだなっということを確認できたことでした。

 

「初めてなんで」は武器になりますが、不明点は明らかにして聞いておく、ということの基本姿勢は重要ですね。

「初めてなんで」の予防線が使えるというのは、人に聞く上での最大の武器ですね。

これで怒って来る人はいません。

どんな基本的なことでも、「初めて」はちゃんと教えてくれるので、ありがたいです。

 

それでも「知らなかった」は仕事ですから許されないと私は思っています。

高校生までだと思っています、「教えてくれなかった」がまかり通るのは。

大学生で自分で問いを立てて、仮説を立て、調査をする。

大学って学問を通じてこのプロセスを学ぶ場所だと思っています。

だから知らなかったや教えてくれなかったは、いつまで生徒気分なの?って思います。

 

とは言いつつも、自分も社会人1年目にできていませんでしたが。

これを教えてくれたのは最初の部署のドS係長でした(笑)

 

でもこの姿勢を1年目で気付けたからこそ、繁忙期部署にぶち込まれても生き残れたっととりあえず思っています。

 

逆にこの3ヶ月でできなかったのは、「読書」というインプットと、ブログ更新という「アウトプット」でした。

やはりインプットしなかったことで、アンテナの電波状況が悪くなったなって思います。

いわゆる会話や思考の引き出しが同じものばかりというつまらないものになってしまった気がします。

あと活字を追うことに時間がかかるようになったことでした。

 

不条理なことランキングで上位に入ると思うのですが、マラソンのトレーニングのように、成長をするのには時間がかかることって、少しやらないだけで失うスピードは早いということです。

 

あと不思議と、インプットもアウトプットもしなくなると、他のこと自体へのやる気も削がれていくことも悪循環でした。

本屋に行っても、欲しい本が出てこない。

仕事以外のことは極力やらないで、寝るだけ。

やることは仕事だけ、でたまに来る休日に「あれ?何しよ」みたいな状態になってしまう。

こうして会社人間って誕生するのだなって思いました。

 

本当に超がつくほどの繁忙期が終わったに過ぎず、通常でも前の部署よりも忙しい仕事は続きます。

でもこの3ヶ月で失った読書やアウトプット作業や、いわゆる仕事以外に打ち込むことを9月からは取り組みたいって思います。

このままでは本当にまずいなって思いました(笑)

 

「とらじろうは不安だろうな。とらじろう、動きます。」

 

ってことでまたこっから少しづつ脱組織人モードに移行していきたいと思いますね。

それではまた1週間、適当に頑張りましょう。

 

God bless you.

 

 

 

 

 

こんばんは。

突如太平洋から現れた台風6号のせいで、土日の予定は綺麗に吹っ飛びました。

大人しく家で映画三昧でしたが、心なしか「天気良くないか?」と思う2日間でした。

 

新しい部署では、8月が仕事のピークになると聞かされているので、7月最後の土日に、心静かに過ごせたと思えばこれはこれも良かったと思いたいです。

 

今回は、私をアニメの世界に少しだけ足を運ばさせる原因となった「コードギアス」をひらすら見ていました。

復活のルルーシュという続編映画を作ることが発表されたのはいつのことでしょうか。

その時はぜひ観に行きたいと思っていたのですが、時というのは恐ろしいもので、2019年2月に公開されており、完全に忘れており見逃してしまいました。

 

私のこの作品で印象に残っているのは、ストーリーの終盤での主人公のルルーシュと父のシャルル皇帝と兄のシュナイゼルとの世界観の違いについてです。

シャルルは、「嘘のない優しい世界」、つまりペルソナのいらない「ありのままの自分たち」でいられる世界のために、人々の記憶や精神を一つにしようとします。

平たく言えば、みんんが一つの意識を持てば争いは生まれないよね、っという発想ですね。

 

シュナイゼルは、フレイヤ(おそらく核兵器に相当するもの)の独占により、その恐怖により世界の平和を維持しようとする発想。

 

シャルルとシュナイゼルの考えをそのまま実施すれば、おそらく争いはなくなると思います。

しかしそれはそこに果たして「人間」というものが存在しているのか?という哲学的問いがあります。

みんなが同じ意識である以上、決まりきったコードの通り人間は動きます。

それは人間なのか?

 

対してルルーシュは「明日」を望むわけです。

全ての人間が同じ意識を持った日から、人間から明日は無くなります。

そこにいるのは人間の形をした何かに過ぎないわけです。

 

人間の意思や意識、精神、多様性というのは、時に争いや嘘を生むものです。

だから意識や精神を一つにしてしまえば争いがなくなるというのは、論理的には正しいプロセスであると思います。

SF作品では、技術革新によって人間の心、意思や意識の規則性を見つけており、それを正しく制御する管理社会を題材にしているものもありますが、それをやるのは最も安全な社会の実現ができるからです。

 

でもコードギアスでもそうですが、物語の最後のメッセージは、「明日を望む」わけです。

争いを生む意識を奪うことは、明日を奪うことですから。

人間の意思というのは確かに争いを生む。しかし争いを止めることもできる。

そんな人間に対する希望も込めれているのではないかなって思います。

 

しかし一方でこれだけ多くの物語の中で「明日を望む」メッセージがあるということは、反対に現実世界ではシャルル皇帝のように「集合的精神の一致」、完全なる意識・意思の共有化を望む世論も多くあってそれに対する警鐘なのかなとも思います。

 

明日からまた月曜日です。

日曜日の夜は、明日を望まない人も多くいると聞きますが、明日があるということは概念としての人間の一つの希望でもあるかもしれませんね。

それでは、また。

 

God bless you.

 

 

 

 

7月も後半戦に差し掛かっている中で、まだまだ夏らしい太陽の暑さではなく、梅雨のどんよりした暑さが覆っている毎日ですね。

こういう毎日を送っていると、あの暑さも恋しくなってしまいますね。

そんな平凡な天気の話をしていると、ある人がこんなことをふっと呟いていました。

 

「本当に大切な友達みたいに、いない時に存在のでかさに気づくこともあるよね。」

 

確かにもし夏が友達なら、絶好調の時はそれはそれでうっとしいんですけど、やっぱり夏が終わる時は寂しいです。

そして来るべき時期に夏が来ていないと思うと、意外と夏って私にとって重要な友達なのかもしれないですね。

失って気づくことがないように、やっぱり常に関わってくれる人には誠実に向き合っていきたいと思ったエピソードです。

 

さて昨日は参議院選挙の投票日でしたが、最近始めたランニングをして、汗だくの中で投票所に行って、帰って映画鑑賞しました。

今回の映画は、「帰ってきたヒトラー」です。

 

実は昨日は元バイト先の仲間と飲み会をしました。

彼らと当時観たB級映画の内容が、ナチスが月の裏側にいて地球に攻め込んで来るというものでしたが、

その映画がなんと2が出て劇場公開しているという事実が明らかになり、盛り上がりました。

2はなんと満を辞してヒトラーの復活がテーマのようです。

 

「ヒトラーって復活されがちですよね。」

 

「確かにね。成敗される悪役としてはこれほどにない人物だもんね。」

 

「そういえば、帰って来たヒトラーなんていう映画もありましたね。」

 

そんな話題があったので、アマゾンプライムにあった「帰ってきたヒトラー」を視聴しました。

皆がヒトラーに似た役者のように思って、やっていることはヒトラーそのままでも、誰も本物とは思わないのでむしろコメディースターとして一躍TVで活躍しています。

 

また元が風刺小説ということもあって、現代ドイツ社会への切り込み方もすごかったですね。

特にヨーロッパを席巻する外国人排斥の動き、いわゆる右派への描き方。

ヒトラーのセリフは「創設者だ。」の一言でした。

 

しかしあることがきっかけでヒトラーが本物ではないかと気づく主人公。

それでも周りは「そんなことはありえない(笑)」と信じようとしない。

これでは「1933年」と同じではないか!と主人公は叫びますが、衝撃のラストはぜひごらんください。

 

ヒトラー復活は、ハリウッド映画ではもはや一つのネタ、絶対的な悪として描かれて来ました。

しかし誰しもヒトラーのような心、排他的なところを持っている。

総統というのは、人々の心が生み出したもの、という解釈には、単純なヒトラーの描き方をする他の映画とは違って面白かったです。

 

「ヒトラーが帰って来た」というのは、一つの舞台設定のタイトルでしたが、ヨーロッパに生きる人々にとっては、今の排他的な指導者や支持者を照らしながら、「ヒトラー」はいつでも帰って来る、というアラートを込めたタイトルではないかな、と思います。

 

ヒトラーにとっての民主主義とは、選択肢を示す指導者を国民が選ぶことだと作中では述べておりました。

でも一方でもはや半分以上が選ぶことすらも放棄する民主主義国もありました。

いや放棄という選択なのかもしれないです。

 

夏や本当の友達のように、いなくなってから寂しい思いをするでは遅いのではないかなって思った1日でした。

 

それでは、また。

 

God bless you.