本日、退院後の受診日。

痛みが出たので12日に受診、採血、X-P、CTはとっていましたが、異常所見無しとの事でした。
ただ食べると鳩尾と背中が痛くて眠れず、大きく息を吸うと右の脇腹に息が詰まる様な痛みが走るもので、寝ていても起きていても不意にグッと身がすくんで堪らない。

それでも16日、17日で大阪にも行って来ました。
20日からは仕事に復帰していました。

で、今日の受診で経過をお話ししてMRI。
胆管に石が残っていた為の症状との事で、そのまま入院、今夜のうちに再手術の運びとなります。
いろいろ予定もあるし、心配もありますが、仕方ない。
もう一時間の内にはope室へ…
頑張って寝てきます✋

お芝居を観た翌日、お友達と関テレへ。

 

     

お目当ては、コレ!!

SMAP 愛してますラブラブ

 

長~い 天神橋筋商店街をフラフラして、バスで梅田へバス

 

バスの料金箱が詰まったとの事で、料金を払わず降りることにΣ(・ω・ノ)ノ!

「すみませんね~」って運転手さん、こっちがすみませんです。

 

お友達おすすめの ねぎ焼。やまもとさん割り箸 でお昼ごはん。

 

      

焼きそば と 牛筋ねぎ焼、イカねぎ焼音譜

 

甘辛の牛筋、こんにゃくとたっぷりのお葱。

ふわっふわの生地で、初めての食感アップ

今まで食べてきたねぎ焼と違いましたヽ(*´∀`)ノ 

うまうまです(*´Д`)キラキラ

 

私は早めの新幹線を取っていたので、こちらでお別れ。

翌日にお誕生日のお友だちがいたので、みんなはこの後ケーキでお祝いしているはず。

…という訳で、私はこちら。

 

      

駅通路で買った 八天堂さんのごろごろ白桃の入ったくりーむパン音譜

 

本当にごろっと入ってるの…?

 

 

って、入ってました(・∀・)

 

帰りに群馬で地震があったとの事でヒヤリとしましたが、

少しの遅れのみで、無事に地元まで帰れました。

術後という事もあって、お友だちには心配やらお気遣い頂いて

ご迷惑をおかけしましたあせる

楽しい時間をありがとうございました(・∀・)

 

昨日起きると大阪の地震のニュースでびっくりガーン

被害にあわれた方、お住まいの方は未だ不安な時間を過ごされている事でしょうが、

大きな余震などありませんように。

前日までいた大阪。

一日違っていたら…キツかったです汗

退院後、何かと忙しく順調に過ごしていましたが、月曜から痛みが強くなり
母の受診の付き添いの際にタクシーで帰ってもらい、私は消化器外科の外来へ。
採血、X-P、CTをとってもらいましたが心配していた胆汁漏も無く次の診察まで様子見と。
痛み止めだけ出してもらって帰ってきました。
 
そんなこんなで体調的には少々不安な中、予定通り大阪へ新幹線前
お友達がチケットを取ってくれた「バリーターク」兵庫公演を観る為です(´∀`*)
幸運なことに神奈川、東京は当日券で観ることが出来ましたが、兵庫でも観られる幸せキラキラ
本当に有難い事です。
 
 
ヒヨコひとつの部屋に2人の男(草彅剛、松尾諭)。
ふたりは規則正しく暮らしながら、架空の街 “バリーターク” とその住人、出来事などを話して過ごしている。
ふたりには名前も無ければ、ここに来る前の定かな記憶もない様子。
時折聞こえてくる、壁の外からの話し声に一喜一憂する男1。
少年のように日々を送っていたある日、壁が開き第三の男(小林勝也)が現れる。
「どちらか一人の命が必要になった。一人はこの部屋から出て私に向かって歩く12秒間、
真実の生を生きて死ぬ」のだという。
 
無心に遊ぶふたりの姿と突然現れた第三の男からは「ゴドーを待ちながら」「抜け穴の会議室」が思い起こされ、様々な言葉ややり取り、物語から『12秒間』の生の意味を考えさせられます。
エネルギッシュな舞台ですが、終盤の3人のやり取りにヒヤリとした空気を感じ、
ふたりの決断に何故か涙が流れそうになります。
何が正解かは分からない作品なのですが、とても心動かされる魅力的な作品でした。
初見の際、勝也さんが歌う姿が「ブルーベルベット」デニス・ホッパーみたいで素敵キラキラ
と思ったら、パンフレットでご自身も話しておられ、嬉しかったです。
 
劇場を出ると奇麗な夜空で、月の近くに金星が輝いていました( ´ー`)
 
晩御飯はルクア大阪の魚菜心伝 なかの家さんで割り箸
     
 
     

 

お芝居の後も楽しい時間を過ごしてきました。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。+゚

 

今月の「ななにー」OAの翌日、予定通り入院、手術をして、

本日予定通り退院して帰ってきました。

 

胆石症の為の胆嚢切除で、腹腔鏡による手術だったので負担も軽く済みましたが、

まぁ痛いものは痛い。

術後も胆石発作と比べれば我慢は出来るけれど、眠れない位には痛いものですね。

初めての全麻での手術で、喘息持ちの為いろいろと注意を払ってもらいましたし、

バナナのアレルギーもありそうなのでラテックスやテープかぶれ等にも配慮して下さりありがたかったです。

まぁ、医療事故を思えば 今時当然と言えば当然なのでしょうけれど。

手術室で点滴を入れてマスクを着けて、「麻酔を入れていきますよ」と言われ、

その薬液が痛くて痛くて 「痛い痛い痛い!!」と言っている間に意識はなくなり、

三時間半ほど後にはリカバリールームで意識が戻り全て終わっているという、

聞いていた通りの展開。

バルーンカテーテルが入っているのかと思ったら、意識が戻った際には入っておらず、

“そのまま おしっこしなくって良かった・・・あせる” と心から思いました。

尋ねた自分、GJグッド! です。

当然点滴スタンドを押してトイレに通いますが、24時間点滴なのでトイレが近いのが難アセアセ

術前からの禁食よりも飲水禁の方がしんどかったので、トイレに行ってはうがいしまくってました。

リカバリールームは何かと騒がしいもので、iPodのイヤフォンを片耳に突っ込んで過ごし、

どうせ痛くて眠れないから深夜にはちゃっかり源ちゃんのオールナイトニッポンまで聞いていましたわ。

翌朝顔を見に来てくれた主治医の先生に 「どうですか?眠れた?」 と聞かれ

「大丈夫ですけど・・・いやぁ、さすがに痛くって眠れませんでした。」と言ったら

「我慢しないで痛み止め貰えば良かったのに」 と言われ、

貰えるなら言ってよ!とポカンとしてしまいました(ノД`)

すっかりそんなモノ失念してましたよ。

 

手術の翌日には元の病室に戻り、昼食からは普通食を食べ、その次の日にはシャワーも浴びられるのだから凄いですね。

シャワーを浴びて頭を二度洗いしても体が点滴臭くって閉口しましたが、まぁ仕方ない。

お腹に4つ穴が開いていますがステリが貼ってあるだけで、お風呂にもそのまま入って良いとの事で退院。

力仕事なので直ぐに職場復帰とは行きませんが、焦らずぬるっと仕事に戻れたらと皆さんのご厚意に甘えさせてもらうつもりです。

 

お休みしている間に母の通院や、新たな介護認定を受けての担当者会議や先のショートステイ利用時の手続きなどもあり、都合が良いような悪いような…

そうこうしている間に、普通に不安なく動けるようになれると。

そんな気がしています(・∀・)

すっかりご無沙汰です。

休みの日は、自身の手術に向けて検査が入り、母の介護認定の手続きの調整があり、元々の自分と母の通院があり…

という日々の4月下旬、仕事から帰ると父が「具合が悪い」というので話を聞き、どうも私の症状と酷似していたので翌日掛かり付けの先生に相談して、必要なら紹介状を書いてもらうよう勧めました。

その日は熱もなく、血圧も安定していましたし、夜中にうんうん言っている様子もありませんでした。

 

翌日自分の受診後、携帯を見ると父の病院と母のデイケアからの着信履歴。

父はやはり胆嚢炎で「救急搬送で転院します」との事。

搬送先の空きベッドが無い為、更に転院して入院手術となったのですが、その転院先が自宅から16km離れており、半端に通えるけれど、勤務後では面会時間に間に合わないという…

父の入院と併せて母のショートステイの手配をしたり、いろんな人の手を借りるためにはいろいろな連絡調整がいるもので、本当に忙しかったです。

退院後も直ぐに家の事を任せるわけにもいかないので、母には少し長めにショートステイに居てもらう為に別の施設に移ったので、その都度手続きやら送迎やら。

急遽初めてのショートステイ利用となったので、母には気の毒ではありましたが、私も朝早く出勤して遅くまで帰れないもので仕方ありません。

比較的近くに姉が嫁いでいてくれて、本当に助けられました。

 

今は自宅で二人とも元の生活に戻りつつありますが、来月頭には私が入院予定なので、なんとか安定した暮らしを送っていて欲しいものです。

私も時々痛みは出ていますが、何とか予定通りの入院・手術で済ませたい。

父に予定を飛び越えられえて先に手術をされてしまったもので、回復の時期を見込んで自分の手術日を決める形になり、入院予定日までまだ10日余りあるので、強い症状が出ないようにとドキドキの日々です。