ユメガカナウトキ -6ページ目

ユメガカナウトキ

夢がかなうブログ・・・いや夢を叶えるブログ。

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新たな戦いが始まった。
土曜日は、セッションとレコーディング。

音楽は、音を楽しむと書くが、その楽しみの裏には厳しい戦いがある。
自分との戦い。一緒に演奏する人との戦い。
決して傷つけあう戦いではないが、時として呼吸を止め、奥歯を噛み締め、相手が爪弾く一瞬をとらえて一秒の何分の一のズレを意識しながら演奏は白熱し、そしてそんな演奏家のひたむきな思いが、まるで滲み出るように客に伝わり、感動を呼ぶ。
毎回毎回うまくいくわけではない。
ビタっとハマるのは、1年のうち数回しかない。
そのビタっとハマった時の、なにものにも例えようのない快感。その瞬間のために、演奏家は奏でることがやめられない。
多分、みんなそうだ。
少なくとも、私はそうだ。
土曜日も戦ってくる。
その快感のために。


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改めて、みんなありがとう。

会社のスタッフのみんな!
息子、かあさん!
音楽の仲間達!
師匠!
会社の役員さん!
生徒さん達!

みんなありがとう!
みんなのおかげで、なんとか頑張れるよ。
みんなありがとう!


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熱意って、そう簡単なものじゃないんだって気づいた。
決して、その場限りのものじゃなくって、何年も何年も継続して初めて熱意があるって証明できるんだと。
わたしはこれまで、熱意もってきただろうか?
もうだいぶ生きてきたけど、まだ間に合うかな?

#継続


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日曜日は、福岡までライブ見に行った。
かつては、メジャーなシンガーのバックを務められた、凄いギタリストが福岡でフリーライブを月一回、もう5年も続けておられる。
客層を意識した楽曲のセレクトに、本当のプロ意識を感じた。
おそらく、ご自分のやりたい音楽をちゃんとお持ちだろうと思うが、ちゃんと客を楽しませたいという気持ちが伝わってきた。
小さな町の小さな古民家を舞台にした、地域の人によるささやかな催しであるが、二時間半かけて見に行ったことは、決して無駄ではなく、私の心に沢山のメッセージをもらった気がした。

ある音楽家の強い思い、そして、それが継続されることによりさらに強まるパワー。
忘れかけていた、大事なことを教えられた。

リトルジョンに感謝。

#福岡


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iPhoneの容量がいっぱいになったから、写真を削除しようとしたが、長男の写真を捨てられない。どんなに失敗のやつでも。困った。


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この頃は、調べもの、買い物、メール連絡、スケジュール管理や車のメンテナンス記録、写真プリントの発注…挙句の果てには、SNSを使って営業活動まで…なんでもインターネットでできてしまう。


でもね、本当に知りたいことは、ネットにもでていないことかも知れない。
ふとそう思った。

最近、コンピュータなんて無くなればいいのに…とよく思う。
コンピュータに関係した仕事をしているくせにね。

紙に手書きでいいじゃない。
間違えたら、書き直す。
手紙は切手貼ってだせばいいじゃない。
プリントしただけの年賀状なんてもらっても嬉しくないでしょ。

#最近


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気持ち的に、マイナスとプラス両方をジグザグに寄り道しながら、いつも自分で無理やりにプラス側に修正して、一日、一週間、そして一月を繰り返し、気がつけば5年が過ぎた。
自分の立場、出会い、様々な出来事が全て必然ならば、こうやって自分の中でプラスとプラスをつなぎ合わせて生きていくのは、当たり前に正しい生き方なのであろうということに、なんということか、ついさきほど気がついた。遅過ぎる感もあり。

他に気づいたこと一つあり。
いつもマイナスからプラスに転じることができる時は、必ず、反省と感謝の気持ちになれた時だということ。
それならば、どんな時でも反省と感謝を心がければ良いではないか。誰でもそう思うに決まっている。

しかし、おそらくそう思い続けられることこそ、悟りの極致。そうたやすいことではない。
情けないことに、これもつい先ほど気がついた。

#自分


いけないことだとわかっている。
そう、人を嫌うこと。

良くないとわかっていて、なんとか自分の気持ちを思い直して、
そう、誰にでもいいところがあると、その人のいいところを探すようにしても、

なんとか自分の感情を抑えて付き合っても・・・
そう、どうしても許せない人がいる。
言うこと、することがいちいち気に障る。

自分が間違っているのかも・・・自分のほうが非常識なのかも・・・
そう、挙句の果てには、自己否定になってしまったりすることもある。

私はいい人なのだろうか・・・
どこまでを譲って、どこまでを自分の主張とするべきか、そこがいつも悩みどころとなる。

誰にでも仏性というものがあって、本当に悪人などはいないと聞いた。
素晴らしい言葉である。

そして、価値観があわず、一言一言の言葉が腹立たしく、することにも腹が立つ人の存在は
自分にとって本当は必要な人と聞いた。
自分の修行のために存在すると聞いた。

自分の中にある、自分にとっての正しい事柄やこれまで大切にしていた価値観を見失いそうになってしまいそうである。

嫌いな人は、嫌い。どうしても譲れないことは多い。

しかし、自分の修行のために存在すると聞かされると、単純に嫌いだけでは済まされないことになる。

自分を大事にしながら生きる。これを強く意識しながら、修行のために我慢も必要で、またそれにより自分が成長する。そう信じて生きていく。
まだまだ自分は子供のような気がするのです。
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前向きに生きています。
余計な心配はしないようにしています。
ある意味行き当たりばったり。

しかし、最近は10年後の自分のありかたについてできるだけ具体的にイメージするようにしています。

1.丸い形のビルを建てる。
※丸い形のビルなら、各方角に入口が設置できるし、どこからでも入ることができる。そんなまるで公園のようなパブリックなスペースにする。そしてそのビルの上階には教室をたくさん作って、職業能力開発の学校にする。
子供の小さな女性でも、受講できるように託児施設も作る。

2.本を書く。そして売れる。

3.GT-Rが余裕で持てるぐらいの収入にする。


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オヤジ世代はこれなんだ。
エヌコロにトリムリングつけちゃった!
かっこいいなー
70年代チックチューンなんだなー。