結婚してから五十年がたち、今は朝食後と夕食前、一日二回風呂に入る。 記憶をたどると、たぶん、五十歳に差し掛かるころからの変化ではないだろうか。 きっかけは全く覚えていない。

 

 しかし同じころから、旅に出るなら宿は温泉が必須となったと思う。 温泉があれば、起き抜けのまだ暗いうち、朝食後、昼食後、そして夕食前の計四回と貪欲に入浴する。

 

 この豹変に妻はあきれる。

 

 自宅の浴槽にも温泉の効果を期待して、全国名湯めぐり温泉の素などと名付けられた入浴剤を使う。

 

 浴室の窓を開け、外に生えているやつでの葉を眺めながらここは温泉の露天風呂だと自己暗示をかけるのだが、やはり本物には遠く及ばない。 なぜなのだろう。

 

 世の多くのひとびとはここでなぜなのだろうなどと疑問を呈したりしない。 だからこのような文章を書くこともない。 それはとても平穏な生活だと思う。

 

 だが意識の上にまぎれもなく浮かび出てしまった疑問を消し去ることはできない。 注意をそらせ、いっときそこから遠ざかることはできても、いったん脳内に芽生えた疑問はわずかずつ成長を続け、唐突に意識の表層に再三浮かび上がってくる。 

 

 だから、その都度さっさとやっつけてしまったほうが、気分的にさっぱりする。 多少面倒でもそのほうがいい。

 

つづく