(8)治療群と無治療群で、死亡率に差がない?

 

 前立腺がんのことを調べているうちに、ニューイングランド・ジャ-ナル・オブ・メディスンという超有名な医学雑誌に、衝撃的な論文があることに気がついた。

 

 ミネソタ大学のWilt T.Jらは、2012年7月19日号に、早期の前立腺がん患者を「治療群(全摘)」と「無治療群」に分けて、10年間の死亡率を調べたところ、統計学的に有意差はなかった、つまり、同じだった、という報告をした。さらに、Wiltらは、2017年にも、NEJMに、20年間の死亡率を調べた結果を報告しているが、こちらも、治療群と無治療群で死亡率に差がないと結論づけている。

 

  この2012年の論文は、1994年11月~2002年1月の間に前立腺がんと診断された1万3022人の中から、根治的全摘手術が可能と診断された731人を選び、全摘を受けた364人と、無治療の367人のそれぞれを2010年1月まで追跡調査したものだ。

 追跡調査された731人は、平均年齢67歳、PSAの中央値は7.8ng/ml、T1~T2という限局がんの人たちだ。

 

 当時の私は、「この調査された人たちの病期は、自分と同じだ」と思っていたので、ものすごい衝撃を受けた。

 そして、同時に、「そうか、無治療という選択肢もあるのか」と悟った瞬間でもあった。

 

 

(9)全摘手術が第一選択?

 

 多くの前立腺がんの解説本を読んでいると、全摘手術がゴ-ルドスタンダ-ドであるかのように解説されている。そして、「全摘は、根治性が高い」という論調で書いてある。

 

 だが、私は、全摘をする気にはなれなかった。

 

 なぜなら、低リスクでも、再発率が25%~30%もあるのでは、尿道カテ-テルさえイヤな私には、あまりにも、「わりにあわない手術」に感じられたからだ。

 逆に言えば、70%~75%の人が完治する、ということだが、EDや尿漏れなどの深刻な合併症を考えると、とても全摘をする気にはなれなかった。

 

 小線源治療(内照射)のことは、多くの解説本(藤野邦夫さんの本と安江博さんの本は除く)には、「こんな方法もあるよ」という程度の紹介だけで、「がんを死滅させるために必要な線量を照射できます」とか、「副作用は小さい」という、プラス面の説明は一切なかった。むしろ、「ブラキセラピ-は、あまり推薦しません」みたいな論調で書いてあった。

 

 だから、解説本を読むと、全摘か外照射の二択しかないと思い込んでしまう。

 当時の私も、素直にそう思い込んでしまった・・・

 

 では、放射線外照射の場合はというと、「治療成績は全摘と同じくらい」と多くの本で解説されていたので、「やるとしたら外照射だろうなぁ」とは思ったが、しかし、当時の私は、決断することはできなかった・・・

 

 そんなときに、ミネソタ大学の論文を見つけたのだ。

 

 治療しても、治療しなくても、死亡率が変わらないのだったら、「無治療を決め込む」「病院にも行かない」というのもひとつの賢い戦略なのではないか、と私は考え始めた。

 

 「基準値をわずか0.1ng/ml超えただけなのだから、そして、体調もいいのだから、低リスクだろう。グリーソンスコアだって、3+3か、せいぜい3+4程度だろう。」と勝手に決めつけ、私の心は、どんどん無治療作戦へ傾いていった。

   

 また、「生検をするとがんが悪化する」「生検をすると転移する」とネットで主張している泌尿器科医もいた。アグリマックスを紹介しているあの医師だ。

 

 だが、信用できないので、NPO法人・腺友倶楽部にメ-ルを出して、質問してみた。

 ほんとうに無治療作戦でいいのか、不安もあったからだ。

 

 すぐに理事長の武内努さんから直々に返事が来た。

 

 うれしかった!

 武内努さん、あの節は、ありがとうございました!

 

 武内努さんからの返事の内容は、要約すると、次のようになる。

 

 「前立腺がんは、おとなしいがんばかりではありません。要注意のがんもあります。年間、1万人が亡くなっています。悪性の場合は、できるだけ早く治療を開始しないと、手遅れになってしまいます。そのためには、生検は必須です。生検をしても、がんが悪性になることはありません。ですから、MRIの結果、がんが疑われたら、生検をすべきです。もし、低リスクなら、監視療法でもいいでしょう。でも、生検をする前から無治療を決め込むのは、よくありません」

 

 この武内努さんからのメ-ルは、私の確証バイアスを粉々に砕いてくれた。

 

  武内努さんからのメ-ルで、私は、決意することができた。

 すなわち、「低リスクか中リスクの限局がんだろう、というのは単なる自分の憶測だ。高リスクの可能性もある。だから、病院にいこう。そして、MRI撮影をしよう。もし、パイラッズスコアが3以下なら、無治療でもいいだろう、だが、もし、パイラッズスコアが4以上だったら・・・そのときは、また、そのとき考えよう」という決意だ。

 

 ただ、このときの私は、まだ生検をするのは、許容範囲外だった。

 なぜなら、生検が怖いというよりも、尿道カテ-テルがイヤだったからだ。自分の尿道にカテ-テルを入れるということにものすごい抵抗があった。

 

 

(10)国立病院の初診(2022年11月)

 

 紹介状を持って国立病院に行った。

 尿検査、血液検査、残尿検査、超音波検査(前立腺撮影)などをした。診察室では、MRIの予約をして、初診は終了した。

 

 一週間後、MRI撮影(ガドビスト静注)をした。

 

 

 次の日、MRIの結果を聞きに行った。

 なんと! パイラッズスコアは4で、がんらしき画像(1cm未満)が映っているという。

 

 医師に「生検の日は、いつにしますか?」と聞かれ、呆然としていた私は、「あ、いつでも、いいです・・・」と答えてしまった。生検は、11月末となった。

 

 そのあと、生検のために必要な検査がおこなわれた。

 血液検査、心電図、胸部のレントゲン撮影などだ。

 

 そして、最後に、別室につれていかれ、看護師から、入院案内の書類を渡され、入院の説明を15分ほど受けた。

 そのとき、しみじみと「ああ、これから、入院するのか・・・」と思った。

 

 

(11)岡本圭生医師からのメ-ル

 

 それから岡本圭生医師のメ-ルがくるまで、魂の抜け殻のような日々だった。

 何の希望もなかったからだ。

 

 なにしろ、がんの5年生存率(がん全体)は、66.2%(国立がん研究センタ-)だ。理性的には、100人中66人が生き残る、ことはわかるのだが、心配性の私には、自分が生き残れるようには思えなかった。自分は34人のほうに入るように思えた。

 

  藤野邦夫さんの本(後悔のない前立腺がん治療)には、「70歳で再発しても、ホルモン療法などをしていれば、死亡するのは、平均で83歳」と書かれていたが、私には、それが希望にはならなかった。

 

 なぜなら、藤野邦夫さんの本に書かれていた「早期がんと診断された人が全摘して、PSA再発した場合、その多くの人が術後1年以内に再発が確認されている(厚労省の調査)」という内容に、私は、震え上がったからだ。

 心配性の私は、「全摘までしたのに、1年もしないうちにPSA再発したら、その精神的ショックで、以後、まともには生きられないだろう」と思った。

 

 私は、怖がりキャラなので、朝、おきたときから、「いつ死ぬんだろう?」という恐怖におびえてしまう。そんな毎日では、13年はもたない。前立腺がんで死ぬ前に、不安と恐怖というストレスで死んでしまう。

 

 がんの告知よりも、再発の告知のほうが怖い気がした

 

 私は、絶望しながらも、調査を続けた。

  しかし、どんなに調査しても、90%以上の非再発率を誇る治療は、見つけることができず、私は、暗い日々をおくっていた。

 

 そんな折、知人から、「じじ..じぇんじぇんがん」というHPがあるよ、と教えられた。

 

 すぐに読んだ。

 びっくり仰天した!

 

 非再発率が90%以上どころか、中間リスクでも(当時の私は、自分は低リスクか中間リスクだと思っていた)99.1%だった。

 

 「これしかない!」と直感した。

 すぐに岡本圭生医師にメ-ルを出した。

 

 メ-ルしたものの、こんな有名な先生が返事をくれるのか、不安だった。

 

 だが、それは杞憂だった!

 

 半日後、岡本圭生医師から直々に返事が来た!

 

 「混んでいるので、2ヶ月後になりますが、宇治病院に来てください」という内容だった。

 

 飛び上がって悦んだ爆  笑

 

 

 

(12)経会陰式生検(2022年11月下旬)

 

 私が国立病院でした生検は、経会陰式だ。一泊二日の入院だ。

 標的生検をするため、経直腸式ではない。

 本数は、系統的生検が14本で、標的生検が3本だ。

 

 そして、この国立病院では、生検時に膀胱鏡検査もすることになっていた。

 

 前立腺生検説明書には、「まれに前立腺がんに膀胱がんが合併することがあるため、生検の際には、内視鏡による尿道・膀胱の観察(膀胱鏡検査)も同時に施行します。膀胱内に怪しい病変があった場合には、その場で内視鏡越しに組織の採取や組織の切除をおこなう可能性があります」と書かれてあった。

 

 当時の私は、「余計なことをするなぁ」と迷惑に感じたが、患者の私には拒否する権限もなく、受け容れるしかなかった。

 

 ただ、今は、ありがたいと感じている。

 なぜなら、たとえば、もし、数年後、血尿という放射線の晩期障害が出た場合、その血尿が晩期障害によるものなのか、それとも、膀胱がんによるものなのか、区別がつかないことがあるので(膀胱内視鏡検査が必要になる場合があるので)、ついでにやってもらえるのは、ありがたいことだからだ。

 

 また、もうひとつありがたかったのは、生検時に腰椎麻酔をするので、膀胱内視鏡検査をされても、痛くもかゆくもなかったことだ。

 もし、後日、膀胱内視鏡検査をするとなると、腰椎麻酔をしないで膀胱鏡を挿入するので、けっこう痛いらしい(体験者談)。

 がんになると、検査、検査の毎日で、注射など、痛い思いをすることがたくさんあるので、怖がりで痛がりの私には、ひとつでも痛みが減ることは、たいへんありがたい。

 

 生検は、生理的にイヤだったが、しかし、「岡本圭生医師による治療」という希望をつかんでいたので、覚悟を決めることができた。

 しかし・・・、やはりイヤなものはイヤだった。毎日、震えていた。

 

 だが、実際は、「案ずるより産むが易し」のことわざの通りだった。術中も、術後も、痛みはなかった(腰椎麻酔の注射が一番、痛かったくらいだ)。

 

 尿道カテ-テルは、違和感があったが、しかし、恐怖したほどではなかった。入れるときは、麻酔しているので、痛みはなかったが、翌日、抜去するときは、ズ-ンという痛みが走った。だが、それだけだった。

 

 生検後は、1ヶ月以上、血尿が出た。

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