昔、私が無邪気に毎日を過ごしていた頃、よく言われたことがあった。

 

「責任感がない」

「協調性がない」

 

ということだ。

小学校での通信簿にたいてい書かれていた。

そのことが心の傷になり、私は自分を愛せなくなっていた。

自分の中にある、無邪気な部分を否定するようになっていた。

 

周りに合わせないと・・・

空気を読まないと・・・

 

そうするうちに、私はどんどん自分を追い詰め、そして身体も蝕まれていった。

 

怒りの感情に囚われたとき、血液が逆流するほどに熱くなる。

血管を流れる血液が、沸騰するほどに熱くなっているのが手に取るようにわかる。

どうしてこんなに私を否定するのか。

どうして私を攻撃するのか。

 

母がそうだった。

私が言うと馬鹿にするような事柄でも、例えばテレビで言われていたりしたらようやく認めるのだ。

かつて写経したときに最後に願い事を書くのだが、「世界が平和でありますように」と書くと、馬鹿にされた。

今は、世界の平和を望む人が多い。

 

旦那も私を否定し、攻撃するほうだ。

だが私はもう、わかってもらおうとか、闘うことはしない。

人は人。家族であっても血縁があっても、人は人。

そして私はかけがえのない、宇宙でたったひとりのわたしなのだ。

 

私はもっと深く、私を愛したい。

無限の愛で、私を包み込みたい。

私はもっと、自分の中に入ることが必要だ。

私はもっと、わたしを知るべきなのだ。

 

自分を愛する。

私は心が大きく拡がり、私を包み込むほどの無限の大きさで

私を愛する。