「ファンジニ」を観てます。ノーカットで観たいなあ・・・。

チニが初めて恋したウノが死んだ時、ウノの遺体は教坊から動かなくなりました。

チニが表れて、自分の衣服をかけてやると動くようになりました。

本当に、本当に、無念だったのでしょうね。

この場合、ウノが先に逝き、チニが生き残ったのは、女性のほうが痛みに耐えられるからでしょう。

がウノもつらかったでしょうね・・・。

悲しみ、絶望、恨みなどといった無念は、とても重たいものだと思います。

だから悲しみにくれる人は、いつもうつむいているのです。

体に絶望を背負っているから、背中も肩もガチガチになる。

だから生きて、肉体を持つ次元で、悲しみや絶望を光と統合することは、大切なことなのです。

その重みを十分に味わい、痛みに耐えることは、ある意味とても幸せなことなのでしょう。

私なんて、人の分も感じるというか、ほとんどが人の分を味わっているので、よりラッキーなのでしょう。

今は、闇を光と統合するとき。

生きていて闇を味わった人だけが統合できます。

統合し、ライトボディになりましょう。