今日の午前、お布団でうとうとしていると、深いところに落ちていきました。

意識がはっきりしているのに、深いところ、ということが認識でき、不思議な感覚でした。といっても、よくあることなのですが。

今日は特別でした。

「空」について、惹かれています。

ブッダ真理のことばから、ふと「般若心経」を一から調べてみようと思い、漫画で知る般若心経という本を取り寄せました。(ブックオフだよ)

漫画だから、すら~と入ってきます。

そしていろんなことが納得できたんです。

わたしはまさに、生きて修行をしているということ。

般若心経に出てくる、十二縁起。

こちらで説明するまでまだ、至っておりませんので、無責任なことは書くのはやめます。

私が囚われていたもの。

憎しみ 喝愛、そして自分への執着。

私は自分の愚かさと欲にまみれた様子を知った時、「これが生きているということ」なのだとわかったのです。

般若心経の文字を、ひとつひとつ追っているとき、ふと感じたことです。

悟りとは気づくこと。悟りへの道を歩くのではなく、今ここの状態が空であることに気づくこと。

難しくも遠くもない。

今ここ がすべて。

自分が愚かさと欲にまみれていることを実感することが、悟り=アセンションの始まりだと思いました。

まだ、言葉にできるほど、学んでいないのですが、実際は日々の瞬間そのものが、修行なんですね。

人を差別したり、憎んだり、不足を訴えたり、恐怖におののいたり。

誰もが、修行をしているのだと感じました。

今日、深いところに落ちた(落ちた時間は一瞬でした)のは、導かれているのだと感じました。

うまく書けなくてごめんなさい。