健康ブーム | ジャーナリスト藤原亮司のブログ

健康ブーム

27日、13時ごろに成田着。

イスタンブールでのトランジットは5時間半。ヒマでヒマで、煙草吸いたいけど全館禁煙だし、PCのバッテリーは切れるし、コンセントないし。

空港のターミナル、禁煙にするのはいいけど喫煙ルームぐらいは作ってくれないかな…。


ガザに行くたびに年々、禁煙ブームが高まっていると感じる。

取材を始めた頃は、どこに行っても煙草を勧められ、日頃吸っているJTの煙草”キャスター”と交換などすると、「なんだぁこの煙草は、女性用か?」などと、偉そうなことをぬかすやつがウジャウジャいた。

ところが2005年ごろから、「…ほんとにお前は、煙草タバコ、煙草ばっかり吸うなよなぁ…」とかいうやつが増えた。

ちなみにおれはそれほど吸うほうでもなく、酒さえ飲まなければ1日に15本吸うか吸わないか、という程度。


そういう禁煙愛好家が、今年はまた急増していた。

そもそもの理由は、健康のためというのもあるけれど、それよりも金欠で煙草が買えないから、なのだ。

昨年の夏は、最高値で20数シェケル(1ドル=約4シェケル)もして、失業者ゴロゴロのガザではとても簡単に煙草を吸える値段ではなくなっていた。

今はまた密輸煙草がエジプトから入ってきて、それがまた正規でイスラエルから入ってきてたものよりも税金がかかってないからとても安い(今はばら売りでひと箱5~6シェケル、カートンだと10箱45シェケル前後)。

日本の煙草でも、空港の免税で買うと半額。日本人のスモーカーも、290円の煙草を買うたびに半額の税金を払っている。

スモーカーはもっと国に大事に扱われてもいいはずだ…。


それはともかく、ガザでは煙草の高騰によって禁煙が始まり、それによって健康ブームに火がついた。

金がなくて煙草が吸えず、慣れてくるとどうも喉の調子がいい。

食後の一服の美味さを感じる楽しみはなくなったが、食事そのものが美味い。

そうなると、こんなに健康ってメシが美味く感じるものかと、仕事もなくてヒマなので、あれこれ次の手を考え始める。

「ガザじゃこれまで、砂糖をたっぷり使うスイーツが美味いと思われてたんだけど、最近は砂糖少な目のスイーツがトレンドなんだよね~」と、自慢げに話す。

取材中に人の家を訪れるとたいていお茶を出してくれるが、そのときに「砂糖入れる?」と聞かれることも多くなってびっくりした。

「じゃあ砂糖入れて」と答えると、「気をつけたほうがいいよ~、あんまり甘いもの摂ると糖尿病になるぞ」。

あのなあ、以前は「こんな甘い紅茶飲んだことがない」、と思うほど砂糖たっぷりで、グラスのそこには飲み干したあとには飽和した砂糖が溜まってたやん。


古い友人を訪ねると、「おおフジワラ来たか。え、手土産も持たずに悪いって?いやいや、気にすんな。手土産なんていらんから、それよりお前、日本からサプリメントもって来てないか?」

サプリメントについて聞かれた人数は5人を上回る。そのうちの一人はネットの「お気に入り」に、サプリメントのフォルダを作っているぐらいの凝りようだった。

「お前何もって来てる?ビタミンC?あ、それはいらん。総合ビタミン?それもいらん。ガザには果物だけは腐るほどあるしビタミン関係は充分足りてる。えっ、マグネシウム?おお、さすが日本人、気の利いたもの持ってきてるなあ。半分くれ。他には?え、それだけ?お前何のために先進国に住んでるんだ?」


健康オタクになった彼の家には、日雇いの仕事で稼いだなけなしの金で買った体脂肪計つきヘルスメーターが一家のお宝のように扱われている。

「お前も最初にガザに来てからずいぶん歳食っただろ。健康に気をつけないと早死にするぞ。おれなんかもう、オリーブオイルも滅多にかけなくなったしね」と自慢げ。

「お前なあ、『死ぬことなど恐れない!おれたちには失うものなど何もない、アッラーアクパル!』とか言ってたんじゃなかったのかよ」

「死ぬの恐れないやつなんかいるか?煙草やめてからというもの、どんどん体がきれいになっていくみたいでもう嬉しくて嬉しくて…」

「あかん、ガザウィは堕落してる…」

人間戦う対象を失い、人生の目標を失い、仕事がなくて時間ばっかりあって、金はないが援助はもらえてそこそこ食えるとなると、ろくなことにならない。すっかり健康的になり、最近は白髪まで染めて若返った彼は、おれが帰り際に別れを惜しむ言葉を言い、抱擁を交わしたあとで念を押した。

「ああ、そうそうフジワラ。次来るときはコエンザイムもって来てくれへんか?あれは肌にええらしいなあ…」

くそっ、このアホがすっかり呆けたおっさんになりやがって、と古い友人を見ながら、次回は正露丸を山ほど持ってきてコエンザイムだと言ってやろうと、心に決めたのだった。