エロじじい村 | ジャーナリスト藤原亮司のブログ

エロじじい村

ガザ市、トゥハ地区にあるジャロ村を再訪。

ジャロ村は、ジャロ一族が住むのでジャロ村、通りの名前もジャロストリートという名前がついている。

この通りも、空爆と戦車砲で完璧に破壊された村。ジャロ一族は商売で成功した一族で割とリッチなので、破壊される前はきれいな家と立派な果樹園、手入れされた庭でちょっとした観光地のようになっていたらしい。

ガザ市だけではなく、周辺からも「家を建てるときの参考にしたいから」と、見物人も多かったそうだ。


それがまあ、とことんやられている。

ジャロ通りの正面は小高い丘で、今回のイスラエル軍の侵攻は市内突入ではなくて、市内を囲む丘という丘を占拠し、市内への視界を確保するために周辺の建物をことごとく壊している。ジャロ村もその「災難」に遭わされた村。


最初にお茶に招かれて話し込んだ村の長老は、見るからに村の長にふさわしい威厳を兼ね備えた80過ぎの老人。ひどい目に遭ったなあといいつつ、「まあ、こんなことは今回に始まったことでもないし、またなんとかするよ」と話す。

進攻中の話をひとしきり聞き、ひと段落ついたときに突然、「ところで、何年か前に妻を亡くしてから独り身なんだけど、日本人の女性は優しいか?」と聞いてくる。

あまりにも唐突に話が変わったので理解できずにいると、「妻が死んで、そのあと戦争でこんなひどい目に遭ってからふと思ったんだが、どうせいつ死ぬか分からんのなら、若い女性と再婚してから死ぬほうがええ気がしてきたんでな」と言い出す。

さっきまでの威厳はどこへやら、すっかりにやけたエロじじいの顔になる。

「ふふっ、若い女とえっちしたのなんか一体いつの頃か忘れたが、いや~最近思い出すと確かにあれはよかった」


あほらしくて聞いていられなくなり、適当に話を切り上げて他の家に向かう。

そこでもひとしきり破壊された家やそのときの話を聞かされたあと、その一家の家長の70代後半のじいさんが出てきて、「ところで日本人の女性はアラブ人は好きか?」と言いはじめる。

「わしは若い頃は、嫁には寝る暇も与えないぐらい愛してあげたもんだ。おかげで見てみろ、15年間で14人も子供ができたわ」と、自慢げに言う。

「妻も死んだことだし、家も工場も燃えてすっからかんになったら、あと望むものは若い女性だけじゃ」

じいさんは頼みもしないのに立ち上がり、軽く屈伸やら体操をして見せ、「ほれ、まだまだ2回や3回はできる。もしあんたが日本から素敵な女性を連れてきてくれたら、毎日オリーブオイルを1リットル飲んで精力つけて頑張るよ。わしが若いときなんぞ、惚れた女にはあんなことやこんなことも…(書けん)」


延々と続くアホな話に疲れ、もう帰ろうと思って車に乗ろうとすると、どうしても話を聞いて欲しいという家族がきた。

「うちはこのあたりで最もひどい破壊に遭ったんだ。少しでもいいから写真に残して欲しい」

あまりにも熱心な訴えに、改めてその家に向かう。

家の前に張られたテントに入ると、その家の家長のじいさんがいた。一目見た瞬間から嫌な予感がしたが、ひと通りの挨拶をした後に話を聞こうとすると、やはりその予感は的中した。

「いやいやいや、そんな家が壊れた話とかイスラエルの話はどうでもええ。さっきあそこの家の前で日本の女性の話をしてたやろ。今度ガザに来るとき、わしにも一人紹介してくれへんか」

ジャロ村は出会う年寄り、ことごとく女好きは村だった。

「あっちのじいさんはさっき、オリーブオイル飲んだら精がつくとか間抜けなこと言ってたやろ。あいつは子供の頃から嘘ばっかりつくから信用するな。わしなんか、バイアグラ持ってるから確実に大丈夫や」


徹底的に破壊されたジャロ村。

これを「良い話」的に書くとしたら、心に傷を負い、それでも明るく生きようとする人々の逞しさ、というストーリーになるのかもしれないが、まあこの村のじじいたちは、明らかにただのエロじじいだった。

「あんた、次ガザに来たらまたぜひこの村に寄ってくれ。ガザのことを心配して来てくれて、たくさん話したあんたはもう家族のように思う。しかし、絶対にわしの嫁さん候補をつれてきてくれな。あんた一人やったら別に来んでもええ」


戦争の悲惨さや人々の悲しみを描くことも大事かもしれないが、こういうエロじじいの姿もまた、人が紛争下で生きるひとつのリアリティだ。あほな軽口を叩き、過去のエロ自慢を息子や孫の前で披露するこのじじいの笑い声の影に、言葉が途切れたふとした横顔に、心に秘めた想いが見える。

じじいたちの嫁さん候補は連れて来れないが、まあまたそのうちにジャロ村に来ようと思った。