乙女の魔法 -2ページ目

美容師の魔法

美容院に行きました。やっぱり乙女はサラツヤな髪じゃぁなきゃあかん。
カラーも黒髪に近いくらいに暗くしたら(春なのにな)大人っぽくなったとダーは大喜び♪
良かったね。
皆さんは行きつけの美容院などありますか?乙女ならジャンル別に2店くらいは行きつけてますよね。私は主に1店しか行きつけてませんが、指名のスタイリストとは2年くらいのお付き合いになります。男の人で、年齢は私より2つ上。若い割に経験値が高く出会った頃よりも3ランクは出世されて、今ではキャバ嬢なみに指名料を取りやがります。
ちょっと軽そうな見た目同様、彼はたまに、髪とは関係ないスキンシップをしてきたり、名字ではなく「○○ちゃん」と呼んできたりして『ハサミを持ったホスト』を地でいくような人です。
濃いめですがイケメン(タイプではない)なので許します。私は美男美女には寛大なのです。
ま、基本的には『腕が確か』なので許されるのですが。
そんな彼は平日の昼間でも予約がいっぱい。待たせるお詫びに無料でトリートメントしてくれたり、無料でVIPルームをとってくれることもしばしば。まぁ私が一度行けば必ず2万円以上落とす太客だからかもしれませんがね。
そんな彼に姫扱いで髪を切ってもらい、上質なトリートメントを髪にねじ込み、(?)カラーを整えるとアラびっくり!いい女!(注:自分調べ)
どんな無理難題ふっかけても、必ず思い通りにしてくれる。彼はそんな美容師です。私は美容関係者(美容師やメイクアップアーティスト、その筋の学生)によく好かれるので、裏事情などよく聞きますが、ホスト以上にマジ大変。ある程度 感じのイイ話できないといけないし、(飲みに来る客よりも幅広く来るから大変!)その上 技術まで求められるんだからさ。厳しくて辞めちゃう奴なんていっぱいいるもん。華やかだけど、手荒れに苦しんだり、お金がなくても常にオシャレでいなきゃいけなかったり。どんな道でもプロとして働くのは大変だけど、人を美しくする仕事ってやっぱりスゴいと思う。
彼に感謝を捧げて、本日 私はお仕事デー。
久っしぶりに夜の蝶に☆
サラツヤになった黒髪を武器に、真っ赤なロングドレスを着てセクシーに誘惑してきます♪
レポお楽しみに☆

美術品の魔法

帰宅後一週間も経ってない中国地方横断旅行など、アッという間に色褪せてしまうほど目の前の絵はビビッドだった。
まるで「昨日書き上げました☆」と言わんばかりに鮮明な、何世紀も前の絵画。ムダに長い画家の名前なんて読んでるそばから忘れるほど興味もないけど、立ちはだかる大きな絵は私の心をギュウギュウ掴んだ。
他の絵が光を失うのではないかと心配になったピカソの絵を堪能した後、甘美でエロティックで湿度がむんむん伝わる絵に釘付けになった。確か1850年の作品で「18世紀の女官たちの水浴」とか何とかって名前だったと思う。
女たちの色は陶器のように白く、なまめかしい肉付き、妖しい腰のくびれ。
いつの時代も世界共通、女は肌とくびれが美徳なのだとハッとした。
運動などまるでしていなさそうな柔らかそうな肉体に、有り得ないくびれ。どうせ幾重にもなったドレスで隠すくせに、陶器のような白い肌。色気も湿気も痛いくらいにバシバシ伝わる。何世紀にも渡って人々を魅了するその絵は、現代の小悪魔も魔性女もかなわない色気で人々の脳を震わせる。アメリカのプレイガールも謝りたくなるほどエロいから、マジで。
大好きだった美術の教科書なんて、何も教えてないと思った。
目の前の絵を見て、初めて本当のエロスを体感するのだ。
どうやら1800年代後半の絵画が好みのようだ、私は。
エロい絵に心臓バクつかせて、やっとの思いで移動し、たどり着いたは「夜の絵」部門。
アレンバッハの「ナポリ湾の花火」に心奪われる。
現代のコンピューターがどれだけリアルに色を作ろうと、写真がいかに鮮明だろうと、昔の画家ほどリアルに情景を写し出すことはできないだろう。白の絵の具一つであんなにリアルに花火を表現できるのか?現代人。無理よね。本当にスゴい。道具なんて、カンバスと絵の具、筆しか存在しなかったはず。なのにスゴいリアリティだ。しつこいけど、写真よりも鮮明なのです。
あんまりスゴいから、ついポスターとポストカード買っちゃった。でもやっぱり生の絵ほどのリアルはない。
でも私は今回、この「ナポリ湾の花火」に一番感銘を受けたと思っていた。
だけど美術館を後にして、ヤーコブの言葉を考えた。彼が「森の中の小川」で残した言葉。「木は枯れても土へ返り、水を受けたら新芽が芽生える。何度だって生き返る。人は息絶えると横たわるがどこへ向かうのだろう」超アバウトな記憶だけど確かこんなこと言ってたの。
絵を見た時、他の絵ほどの衝撃はなくても、私はなぜか泣きそうになった。どこか懐かしく、なぜか強烈に「哀しく」なって彼の言葉が頭をリフレインする。
「ほんとドコへ行くんだろう」
結局、一晩考えちまった。
何もかもが強烈な絵画たちに心と脳を揺さぶられても、私はヤーコブの問いが忘れられない。
ドコへ行くんだろう。
そして今日、春の嵐がやってきた。
ガタガタ窓をゆすって叩き割る勢いだ。窓の外で激しく傾く木を見て、以前仕事で出会ったイタリア人の彼の言葉を思い出した。「フランスで傘をさしたら女みたいだと笑われた」そんな何でもない会話をなんで思い出したのかわからない。
そして。昨日、生きてる間にいつか絶対モネの「睡蓮」を生で見たい。と思ったことを思い出した。雨の降るフランスへいつか絶対行こうと思った。

美術品の魔法

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ピンクのガーベラを抱えながら、春が来たのだと思ったら、妙に切なくなった。ガーベラを花瓶に生けて、同じ色のネイルを塗って、同じ色の紅を差して私は美術館へ向かった。
ある春の日曜日の昼下がり。
展覧前から行こうと決めていた大エルミタージュ展へ。
最終日だけあって、長蛇の列。
日曜日だから?カップルだらけ。
でも私は好きな美術(芸術)品と映画だけは1人で見たい。エルミタージュはお母さんと見ようと思ってたけど花粉症に敗れたお母さんはあいにく欠席。
その分 私が堪能するわ!鼻息荒く美術館に入ったはいいけど、その人口密度にすぐさま倒れそうになる。
でも、これじゃママンの念も晴らせないわ!とふんどし締め直しておとなしく並ぶ。チビ(150センチ)だから最前列じゃないと人の頭しか見れないの。
つか、絵もテレビも四つ角が見えないと気持ち悪いだけなんだけど。
並んでる時間、ヒマ持て余してたら、面白い会話が耳に飛び込む。つい聞き耳たてちゃうくらい後ろに並んだカップルは面白かった。そしたら急に彼が彼女に「絵心なんてないのに見てわかるの?」ってイヤミ飛ばした。前後の会話から察するに彼は無理やり連れてこられたらしい。彼女は呆れたようにウンザリした対応してたけど、私も考えちゃった。
「画家の意図など理解はできないだろうよ」と。
その昔、私は美術の教科書が大好きだった。漫画みたいに何度も何度も読み返した。ヨーロッパ絵画のところだけを。
画家が「何派」でも私には知ったこっちゃないが、ヨーロッパの絵画は何かエロい。美術の教科書読みながらエロ本読んでる錯覚起こすほど。
そんなエロ心芽生える絵をただ見たかっただけだから。私。画家の意図など知ったこっちゃないし、確かめようもないじゃん。相手は死んでるのだから。
なんて。後ろの彼はそんなつもりで問うたのではなく、ただ並ぶうっとうしさから解放されたかった&イヤミでも飛ばさないとやってられない疲労感にさいなまれて発しただけだろう。でもさー、絵見たら色んなこと吹っ飛んだよ。
絵は言葉よりも力強く何か訴えかけていたもの。
ピカソなんてすげー鬼気迫ってんだから。
中学生の時、映画を見るつもりで彼氏と来た伏見で彼氏を振り払って1人ピカソ展に行った私。日差しが強くて煩悩崩壊しそうな昼下がり、急にピカソに呼ばれて美術館へ向かった。置いてきた彼氏の怒りより、ピカソの気迫のが怖いと思った14歳の夏。
あの時よりもずっと響いた。
彼の絵は生でしか伝わらない何かがある。「オーラ」とはこのことだと思った。理解できないのに強く惹かれる、目の前の世界が一変してしまう激しい迫力。
なんかすげー恐かったね。通りすがった女子が「私でも書けそう」って言った。確かに単純な絵だけど。あんな鬼迫は彼しか出せない。やっぱりピカソはすごかった。
全部全部すごかったけど、そんな言葉じゃ足りないくらい惹かれた絵があった。

—続く—