婚姻届書きました。
町田市役所に提出しました。
夫婦となりました!

とはいえ、これと言って生活に変化はなく、でも確実に何かが変わったような不思議な気分です。
ちょっぴりふわふわしてます。そして心地いいです。

式は来年(きっと)。
ゆっくり練っていきたいと思います。

お近くにお越しの際はお気軽にお越し下さい。
ガールズトークしましょう!
10代の頃、アナーキーな人に惹かれました。
ルールに捉われず、集団を好まず、やらなきゃいけない最低限のことだけやって、さっさと帰る人間。自分の趣味に没頭し、気のままにしか動かず、人には従わないけれど、自分の好きなことに関しては時間も労力も惜しまない。そういう人が聞く音楽が自分にとって理解し難いものであればあるほど、そういう人に連れていってもらうお店が自分だったら決して目に留まらないものであればあるほど、うっとりとした気分になりました。

しかし、そういう人というのは大変な気分屋なので、こちらの気持ちなどには合わせてくれやしないのです。集団は嫌いだけれど、尖った個性や自慢できる特技や情熱を注ぐほどの趣味を持ち合わせていない“普通”の私には、彼が楽しげにガンガン語る世界の1ミリも共感することができなかった。「あぁこの人は常識とか世間の流行りに流されず、“自分”というモノをもっている。なんてカッコイイんだぁ」と思いながら、「意味わかんねぇ」と彼の話は右から左へ抜けていった。そう、“理解したいのに理解できない”というプロセスが、彼という存在を実在よりも高いイメージへと跳ね上げ、結果、まるで何かの象徴かのように私には手の届かない存在になってしまったのです。
手にしたかったアナーキーの世界。しかし、自分には無理ということだけ、はっきりとしてしまいました。

自分の身の程を知り、もうアナーキーな世界など求めなくなりましたが、でもやはり私は特殊な人やモノにこそ、惹かれる性質があります。
でも、それだけです。事実を受け止めるだけ。

でも、たったひとときだけこんな私でも、「もしかしたら、今、アナーキーなんじゃね?!」と思う時があるのです。

渋さ知らズの野外ライブ。

ここ3年くらい年に数回行っていますが、渋さの“野外”は半端ない。
音楽が鳴れば、観客は踊る。前後へ上下へ、押したり押されたりのオンパレード。

一度法政多摩キャンで見たときは最前列に立っていたお陰で警備員と観客との圧迫を受け、途中でストンと転び、靴がステージの近くに投げ出されてしまいました。

それでも、負けずにステージの近くでポジション取りするのが、ライブってもんです。

日曜挑んだKAIKOOフェスは今まで見た中でも規模が大きかったせいか、もうヤバかったです。

まるでそこはタックルスタジアム。演奏が始まった途端に、物凄い勢いで横からも前からも後ろからも猛タックルを食らう。ぐるぐる回転しながら勢いを得て突進してくる人にぶつかられれば、いつの間にか見知らぬ男性に肩を取られ10人ぐらいのはないちもんめ状態。執拗に足を踏まれますが「痛いっ!」と声を上げてもいられないので、もうこちらも踏み返す勢いでもう訳の分からないノリに。

観客も意味わからないけれど、もっと分からないのはステージの上の方たち。

暗黒舞踏の人たち、梯子に上ってまでなぜそんな辛い体勢とるの?
バナナさんたち纏ってる布少しずつ下がってきてるけど、大丈夫ですかー!
ってか、この音楽の猥雑性と祝祭性は一体何?

MC「ちょっとの気恥かしさと社会性を捨てて! あなたも渋さ知らズ!」

MCの言葉の通り気恥かしさと社会性を捨てた刹那は、実に楽しい。
「生命が輝くってこれだ!」と、汗で首に髪をべったりと張りつけながら思います。憧れのアナーキー。確かに手にしたアナーキーの世界。口の中に血の味すらもしますが、そんなことは取るに足らない。

と思っていても、物事には終わりというものがやってきます。

所詮渋さを通してのエセアナーキー、魔法はすぐに解けました。それでもと、汗をかいた体を風に当て残った高揚感と余韻を堪能しながらお酒を飲んでいました。がしかし、急激に体は冷え込んでいく。「ぬぉー」とか「ひぇー」とか叫ぶだけじゃやり過ごせなくなり、館内へ。
空調設備があり、おまけに眠れるサイズのソファ(?)まで用意しているなんて、なんて温かいことでしょう。
戻った何の変哲もない普通の世界は、駆け込んできた一般市民を自然と抱え込む優しさがあって、「やはり私はこちらの人間だ」と思うには十分なのでした。
人間、というのは思考をストップできない生き物のようです。
思考といっても、社会問題とか目の前の課題に対する解決策といった高尚なものではなくて、仕事しながら「お腹すいたなー」とか、通り過ぎる人をみて「超美人」とか、とるに足らない思考のこと。寝てる時ですら夢を見ていて、たとえそのときの映像は覚えていなくとも、頑張り屋さんの人間の頭は、実直にしたたかに不眠不休で働いているのですよね。

せめて某アニメのように、「神経プラグ解除」と、神経系や思考パターンを切り離せたらと思います。切実に。

何を隠そう、くだらないことにこそエネルギーを費やしてしまう体質の私は、現在、猛烈に苛まれているのです。

喫茶店に入り、時計ショップを前にする席に腰を下ろした私は、今、時計屋の定員の足に釘つけです。

男の足。

石田純一ごとくノンソックスで、上品な靴に包まれている男の足。

一瞬にして、「おうぇっ」と吐き気をもよおします。
好みではないほのかな香りが連想され、鼻の頭にくっついてしまいそうです。

「席ミスった」と気付けど、他に空いている場所はありません。

「もしかしたら、私の見間違えかもしれない」などと期待し、また男の足元を確認します。
されど、自分の指を喉元に突っ込んだような気分に襲われる。

以前、友人が「お洒落は我慢だ」と言っておりました。
どんなに寒い日でも、ミニスカートをはいて自分の女性性をアピールする彼女の真っ直ぐな姿勢に惚れ惚れしたときの記憶は未だに鮮明です。

きっと、今、私の前で仕事に励んでいるお洒落なショップ店員も、自らのセンスとエネルギーを注ぎ込んで、「靴下をはかない」という選択をしたのでしょう。
そして、どんなに蒸れようが、気持ち悪さを覚えようが、我慢しているに違いない。

「そう、今、彼だって、自分が仕事の舞台で艶やかな演出をするために一生懸命なんだ」と自らに言い聞かせます。

しかしいくら念じてみても、結果は同じです。
目を細めたくなるばかり。
なのにどうしても、目がいってしまうのです。

あぁ、コーヒーの香りいっぱいの空間で、ありもしない匂いを感じてしまうおバカな脳。「どうかご勘弁を……」と脳の司令塔に言ってみるのですが、情けの欠片もありません。人間の頭は容赦ないですねぇ。