ようやく迎えました26歳。
素直に言うと、私は誕生日がまだまだ好きです。
「これでまた一つ年を取ったのか」という感傷もなくはありませんが、自分だけの特別の日が年に一度はちゃんと巡ってきて、それを家族や友人が笑顔で祝ってくれる。本当に有り難いことだと思います。

実は最近まで、私は家族にハッピーバースデイを歌ってもらっていました。彼らの賛歌を聞くために、彼氏がいようが、家を出ようが、誕生日となれば律儀に実家に顔を出していました。人に話すと驚かれますが(というか、ドン引きされますが)、それでも彼らの愛情表現はとても嬉しく、私は子供が出来てその子が大人になったら同じように祝ってやろうと思っています。
そして夢は、自分がおばあちゃんなったとき、孫や子供たちに誕生日を祝ってもらって、帰り際に感謝のプレゼントをすること。それまで生きてきた歳月、与えられてきた愛情の全てを大切な人に表現することができたら、最高に素敵だと思うのです。

さて、誕生日。
誕生日と言えばケーキです。

ホワイトディに買ってもらったケーキがめちゃめちゃ美味しかったので、今回もそのケーキ屋に足を運びました。

$ちびカフェ-ケーキ


写真は3つですが、買ってもらったのは4つ。ケーキなどそうそう口にすることはないので、欲張りな私は好きなだけ選びました。んで、食い意地が張り、ついつい一つ食してしまった。

おすすめは、トキワ荘ロールです。
口に入れた瞬間のほのかなカラメルの香りと苦み。
ノスタルジックなやさしい味わいは、まるで暗い中にぽっと灯る淡い光のよう。あまり甘いものが好きでない私ですが、このケーキが醸し出す幸福感に一瞬で惚れてしまいました。
ビルソンローラーズというお菓子屋さんです。
近くに寄った際はぜひ。
時の流れをふと感じる瞬間は、なんとも切ない気持ちになる。
空気の感触が柔らかくなったり
日差しが強くなったり、
土の匂いが濃くなったり。

ちょうど今の季節には一番弱い。小さなこと、とるに足らないことまで琴線に触れて、なんだか泣きたい気持ちになる。いろんなことがグッとくるけれど、でも実際は泣かずに今まで手掛けてきた仕事や生活にすんなり戻れたりする。春が来ようと、春が過ぎようと、別れがこようと、出会いがあろうと。

しかし、街の変化はどうだろう。
ふと田舎に戻ったときの、整備されてしまった切なさ。
思い出の地が錆びれてしまった時の悲しさ。
それらの変化に、私は足を止めてしまう。
もしかしたらどうにかなったんじゃないか、とか、もっと足を運べばよかったとか、あの風景を写真に抑えとけば少しは納得できたんじゃないだろうか、とか。

街の変化を感じる、ということは、たいていがその土地から離れているのであって、通常は時間を共にしていない。季節や日々関わりのある人たちとは、日常の流れの中で何かしらをともに育めているはずなのだ。だけれど、距離があるものものは記憶の中にしか留めることができない。離れているそのもの自体の世界と自己の世界に接点はない。だから、その接点のなさに気付いたとき、どうしようもなく傷つき、いたたまれなくなって、やるせなくなってしまうんだな、と思う。

そんな考えに至ったのは、吉祥寺の再開発を前に思い出の地を訪れたから。

大好きだった駅前の喫茶店STONEがなくなってしまうのだ。
レトロ感のあるこの喫茶店は、老若男女が訪れ、ひっそりと落ち着いた空気を漂わせていた。
一人でコーヒーを味わう人もいれば、デート中のカップルもいれば、おじいさんと呼べる年齢の人が眉間に皺を寄せて新聞を読んでいたりする。そして、客のそれぞれが違う気持ちでそこにいながらも、どっしりとした静けさ、儚さ、切なさ、安らぎを皆が同じように感じているのだと思う。
このSTONE独特の空気感は、そん所そこらの喫茶店にはない。何十年もの歳月を重ねて、いろんな人の想いがその場所で育まれてこそ、滲み出た味わいだから。残念だけれども他の店では作れない。

出会って8年。そこそこ足を運んだ方だと思うし、個人的には大事にしてきたお店だと思うけど、もっともっと顔を出せばよかったと思った。

最終営業日まであと7日。あと1回でもいいから、あの空気を吸い込んで、そして、しっかりと感謝をしてきたい。

$ちびカフェ-stone1

$ちびカフェ-stone2
一つ経験してみたい時代があるならば、バブルの最盛期。
生まれおちてバブバブ・ヨチヨチ歩きしていた当時の華やかさを、一度垣間見てみたいと思う同世代は多いはず。
物心がつけばリストラ・倒産のグレーなニュースばかりを目にしてきた1984年世代が社会人デューしたのは(早生まれですが、浪人したので84年に合わせます)、ちょうどなかなか良かった景気の波も遠くに引いていこうとしていたとき。前に働いていた会社における同期の離職率が、一コ上の世代を軽く抜いてしまったことは、なにも会社のせいだけではないのだと思うのです。人参を目の前につるされても結局味わえないような1984年世代。他人に言われるのは嫌だけれど「なんか残念な世代」な気がするなぁ、ここ最近思っていました。

ちなみに、博報堂のマーケティング部門で私たちの世代を敢えて何かの枠で囲うとするならば、「キレる世代」とのこと。なんとも悲しい話じゃありませんか。

で、今日発見したニュースを見て、なんとも複雑になったのです。

2009年度に成人を迎えた若者たちは、5年前の若者に比べて
仕事があることはいいことだと思うけれど
仕事バカは嫌だし、年功序列の安心の方を買いたいし、仕事にこだわり持ちすぎるのもなんだかなという感じらしい。

安全志向の保守的マン。
マーケティングの数値がすべてではないし、それがいいか悪いかは判らない。
しかし、不景気の波が彼らの心に少なからず影響を与えていることは否めない。

悲しいときに自分より運のない人を見ると心が落ち着くように
このニュースを見たときに、少し励みになってしまった自分がいることをここで懺悔したいと思います。