ひらがなの詩について谷川さんは

「現代史の世界でひらがなで書く人は少ない。

黙読だけの詩もあるし(何度も戻ってかみしめることができる)、朗読反対の人がいるのもわかる。

でも詩は意味があるだけではなくて声もある。

読みあげるとスッと意味がわかるときがある。」

と、竹内敏晴さんという、小さい頃に熱で耳が聞こえず大人になってから治療で聞こえるようになった演出家さんの言葉を体にきかせるようすや

吉原幸子さんの、詩が詩ではないような、芝居のせりふのようなうまさなどの

さまざまな朗読会や舞台の体験談を紹介してくれた。


「『ことばあそびうた』は日本の現代詩のおもしろさ、豊かさを回復するきっかけとして作った。

戦時中の詩は戦争を支持するような感じだったので、人をアジる詩ではなく、人を目覚めさせるべきだ、と思って

韻文をひそめていった。

そもそも日本語は母音でおわるので海外みたいな韻文にならない。

だから駄洒落のようにおもしろいものになっていった。そのおまけとして子どもが喜んでくれたという感じ(笑)

『ことばあそびうた』は言葉が材質感を持つようになりましたね。

つくるときは言葉をモノとして考える、手仕事的な作業です。(辞書から韻をふむ単語をひろいだしてくみあわせる)

絵本はコンセプトを作って考えていたが、最近はナンセンスなものもいいと思ってまず絵描きさんに絵を描いてもらって、関連付けた言葉をさがすこともしている。

そうすると理詰めでは出てこないおもしろい言葉が出てきます。」


ここで講演自体はおしまいに。

最後の質疑応答で、佐野洋子さんとの生活の感想(!)を聞かれ、

「佐野洋子は本当に優れた批評家。

ミランクンデラと佐野洋子のおかげでもともと詩に持っていた疑いをより深めることができました。」

と答えていた。


あとはやはり創作の技術的なことや子どもに向けるために気をつけていることなどの熱い質問が多く、

その質問のたびに

「詩で感じる感じないは読者の勝手だ」といなし、

「私は美しい日本語の構成物をつくることにプライドを持っています。

そこに思想や考えがまじっているかもしれないですね。」


最後にこれからの詩の創作展望について宮川さんから聞かれ


「いつかはフェルメールの一枚の絵のような詩を書きたい。

(これからを目指す方に)詩人としてはまじめに生きていくことが大事です。」


としめくくった。




+++++あとがき+++++


わたしの記事内ではほとんど谷川さんの発言ですが、

聞き手の宮川さんが引き出し役として本当に適役で、そのおかげでとても充実した講演となっていました。


これは・・・と感じたことすべてをメモしましたが、意味を理解できていない部分もあり、

そういう部分はそのままメモを載せました(笑)

きっとどこかにもっと「これは!!」と思ってくれる人がいる!と信じて。


記事-2-の「絵本をかいている時に社会学的なことを考えました」という部分は

後に読み聞かせの講座での

「(口伝承が多かった)昔は人が語る物語の中に村のしきたりや倫理、思想が入っていた。お話は文化の根源です」

というお話でやっと溜飲がさがりました。

谷川さんと宮川さんが言っていたように、漢語を子どもがわかるようにやさしくひらくことは難しいことです。

それを物語や詩というフィルターをとおして伝えていくのはすばらしく、

そういった本をちゃんと子どもに手渡して生きたいと思いました。