俺は携帯の待ち受けに写るこのみを見つめて大きくため息をついた。
時間はもう深夜の2時を過ぎている。
このみの仕事が終わったであろう時間はとうに過ぎていた。いつもなら俺が返信出来なくても仕事が終わったとか、今帰ったとか、今からお風呂とか、今着替えたとか、そんな他愛もないLINEが入っているのに今日の俺の携帯はとても静かだった。
俺は空いた時間でこのみに電話をかけたが何度鳴らしてもこのみに繋がる事はなかった。
何だか胸がざわつく。
最近、忙しいと言っていたから、ただ疲れてそのまま眠ってしまったのだろう、そう思う反面何かが俺の中で引っかかっていた。あのクラブに連れて行った日から少なからず俺には元気がないように見えたこのみの顔が俺の頭の中でチラチラと浮かんでは消えていった。
俺は机の上に置いてあるコーヒーに手を伸ばし、まだ湯気の立ち昇るカップに口をつけ一口啜った。
「…熱ぃ」
そう言って自分の舌先を中指で触ると少しだけジンジンとした痛さが口の中に響いた。
だけど、そのおかげで頭がはっきりとしてくる。
一人で考えても埒があかない。
それに一人で考え込むのは俺の悪い癖だ。
この仕事がひと段落すれば少しだけオフに入る。その時、このみに会いに行こう。
そう思い残りの仕事を片付けようと気合いを入れるためまた、俺はコーヒーの入っているカップを口元に持って行きそっと啜った。そして、今度は火傷をしないよう慎重にゆっくりと口の中に広げていった。
* * * *
空港に着くと俺はその広い空間を見渡す。
そして、目当ての彼女の姿を捉えると久しぶりに会う恥ずかしさと嬉しさで何とも言えない気持ちになり俺は鼻の頭を指でさすった。
やはりあの日このみは疲れて眠っていただけだった。翌日にこのみから(ごめんね!)とLINEが入っていて俺はそのまま今度のオフに日本に行く事を告げた。
このみはロビーの椅子に座り、こちらに背を向けて何やら本らしきものを開いてそれに視線を落としていた。俺は座っているこのみに静かに近づき屈むと後ろからこのみの顔の横に自身の顔を並べた。
「…何読んでるの?」
そう聞くとこのみは本から視線を逸らさずに俺に答えた。
「ミステリー小説」
「おもしろいの?」
俺がそう尋ねるとこのみは本をパタリと閉じて「うん」と答え微笑みながら俺に視線を向けた。俺はにこりと笑って片手でこのみの体をそのまま抱きしめるとこのみも俺の首に腕をまわして自身に引き寄せた。椅子の背もたれが俺たちの間で邪魔をしていたがそんな事も気にならないくらいこのみの温もりを俺は自分の肌で感じていた。
「会いたかったよ…」
何処となく悲しげな声でこのみが言った。
「俺もだよ」
そう言って俺はこのみの体をさすった。
このみに触れるのは本当に久しぶりだ、だけど離れていたからこそわかる事がある。
「…ちょっと、痩せた?」
そう言って体を離すとこのみは「ダイエット♫」と戯けた表情を見せた。
俺はそんなこのみを心配そうに見つめると「…大丈夫かよ」と尋ねた。そんな俺にこのみは手を伸ばして俺の眉間の辺りを人さし指で摩り「皺がよってるよ」と言って笑って見せた。
「痩せたんだから、もっと喜んでよ」
唇を尖らせ、いじけるように頬を膨らませている彼女を見て俺は眉根を下げ短く息を吐き「痩せなくてもいいのに…」と言って安堵したように笑ってしまった。
ーよかった。いつものこのみだ。
「それよりも、ジヨン。荷物は?」
このみは俺の近くをキョロキョロと見渡しながら尋ねた。俺はそれに答えるように自分の手に持っている財布と携帯をヒラヒラと顔の横で振って見せた。
「え?それだけ⁉︎」
「うん、あとはこっちで揃える♫」
そう言ってニッコリと笑うとこのみは眉根を寄せて俺を見つめ「これだから、金持ちは〜」と言いながら俺の頬をつねった。俺はまったく痛くないその手に自分の手を重ねて「ごめんなさぁーい」と愛嬌を振りまいた。このみはクスリと笑うと「よし!可愛いから許す!その代わり買い物はドンキだよ!安く済むからね」なんて言って椅子から立ち上がり歩き始めた。
俺はこのみの監視の下、必要最小限な物だけを買った。家に着くとこのみは「少し待ってね」と言ってキッチンで食事の準備をしてくれた。食事を済ませて、風呂にも入った。そして、ソファに二人で並んで座り他愛ない会話をしながら時を過ごした。このみは昼間読んでいた小説の続きを読み始め、俺もこのみの部屋の本棚から一冊適当な本を取り表紙を開いた。数ページも読まないうちにここ数日の寝不足がたたったのだろう、俺は沈んでくる瞼の重力に耐えられず瞳を閉じる。それでもこのみとの時間をみすみす手放してはなるものかと重い瞼を必死に開くといった行動を繰り返していた。それ気づいたこのみは「ベット行こっか?」と柔らかく笑いながら自分の読んでいた本をパタリと閉じた。俺は重い瞳を擦りながら頷くとこのみに手を引かれて寝室へと移動した。
ベットに寝そべるや否や俺は自分の意識を速攻で手離した。手離した意識の遠くの方でこのみが何かを言っていた。
「…大好きだよ…」
確かにそう言ったこのみの声は、どこか悲しげで泣いてるようにも聞こえた。俺は「どうしたの?泣いてるの?」と尋ねたかった。
だけど、一度手離した意識は俺に戻る事はなく頬に触れる温かな手を感じながら俺は深い眠りの中にこの身を投じた。
if you 第21話 fin.
※画像、お借りしました。