今年もあと数日となってしまいました。

令和25年は、皆さんにとってどんな年でしたでしょうか?

 

私にとっての25年は勉強の年でした。いろんな面で無意識の固定観念が在ったり、常識に縛られていた事など、自分では気づけない事を神様に教えて頂きました。(2年前愛犬が事故で死んでしまった時に出会った神さまです。)

 

 もともと私は宗教家ですから、どんな神さまでも神様のお話は大好きなんです。

出会った神さまのお陰で、思っているだけで終わらず、「行動に移せた事」が、とても大きな学びになりました。

 みんなそうなんですが、「ひとりでに気づきを得る」と、いう事は不可能なんです。だから、お陰様で、感謝なんです。

 

そして、インスタの投稿も、大きな変化でした。若い方の中に混じり一緒に学ぶ事にも挑戦しました。どうなる事かと思いましたが、以外ですが案外楽しくやってます。

まだまだ成果は上げれていませんが( ^ω^)・・・

 そんな、25年も終わりを迎え、来年26年は「大和ヨガ」は更なる飛躍を目指していきます。来年は「楽しく!元気に!逞しく!」をモットーに励んでまいります。

どうぞ、よろしくお願い致します。

 

身が引き締まり重心が上がる季節

 

 冬は身体が本格的に引き締まって、裡の力を蓄える時期です。寒さは体力充実の養生剤です。

骨盤の弾力性を保持して身体を引き締め、息深く気を下腹に落ち着けて、静かに自分の内側をじっくりと観て内側の身体の実を促す時です。冬は最も知的な活動が旺盛になります。骨盤の動きが不活発になると重心が上がって頭脳系(神経系統)が活発化します。

 寒い冬には背中を丸め身体が硬直する姿勢になりますが、身体の内側では体温を保つ為に腹中にて熱を発し、腹を中心に内部の動きが活発になります。

 

 

眼を温め首を弛める

 

 寒くなると体温の発散を防ぐ為に身を縮めます。身体の収縮力は骨盤力です。体力のある人は骨盤がサっと閉まることで全身が引き締まって全身がまとまるが、骨盤の締まる力が弱い人は、肩や首に力を入れて無理に締めようとして重心が上がり姿勢が崩れて不安定になり、肩や首の力が抜けにくい。

 パソコンスマホの使用で眼を酷使すると眼が乾きます。手指を使い過ぎて手首の緊張が続くと首が硬くなり、脳の血行不良と持続的疲労から腰が硬くなる。腰が硬くなると動くのが億劫になり、頭が過敏となって眼が凝る。

 眼が疲れると上頚部と胸鎖乳突筋から鎖骨窩が硬くなつて首の動きが悪くなり、神経過敏になる。脳や眼の血行を支配いているのは首です。首や手指の筋肉は頭と直結しています。頭が消極的な感情(心配・不安・不平など)の時は首、肩や手、腕の力が抜けない。頚金の緊張が偏ると頸椎が変位して脳や眼などの血行を悪くします。

 首や肩の力が抜けない人は、首が過敏になって眼が疲れ脳が熱く足は冷えます。

 

 

身を清める風邪

 

 毎年、冬にインフルエンザ(近年はコロナも同様)が流行るのは頭の疲れと眼の乾きの調整要求です。

身体は必要ならウイルスを呼び込むか、体内に発生させます。風邪を引き込むのは、『引き締めの要求』で、粘膜系に水分を誘導して頭、眼や肝臓、腎臓の弾力を取り戻す運動です。  

 冬の風邪には眼と上頚部の蒸しタオル温法が有効です。風邪が喉にきたら足湯、気管にきて咳が出れば鼻柱と鎖骨窩を温湿布します。鼻水には中頚の温湿布です。 

 風邪の経過を脊椎で観ると、胸椎10番5番、腰椎1番の順に引き、風邪の経過も同じ順序で弾力が回復します。

まず、胸椎10番が動いて腎臓機能を高め、次いで汗が出て胸椎5番が弛み、腰椎1番が弛めば頭が休まって、眼、耳、鼻、喉、皮膚など感覚器官が敏感になります。

 風邪お引く前に血液が体内に集まるので寒気がします。背中がゾクゾクと寒気がする時は、中背部の胸椎8番、9番を擦って温めると寒気が取れます。

側腹は血圧調整点です。血圧の高い人は側腹をよく揉んでおくと良い。これは肥満解消あり腎臓の調整法です。

 熱が出れば幸いと考えて、熱を人工的に下げない工夫が大事です。風邪は汗をかくと風邪の経過が早い。発汗力は胸椎5番の可動性によります。ここが弛まない人は風邪が残ります。胸椎5番は発汗中枢で粘膜系統の急所です。胸椎5番は、低血圧、卵巣機能の低下による肥満、更年期症などに関係します。

 ここが硬くなると胸椎が緊張して、頭の緊張が取れず、イライラして取り越し苦労など精神緊張が続きます。

 

 

 

     著者 吉川隆啓『季節に乗る身体の自然』より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今月は「季節の養生法」のお話になりました。

大和ヨガ教室を始めた頃は、「お話し会」と言えば養生法ばかりでした。(今はもう少しレベルが上がったお話会が出来てると思ってます)

といっても、養生法はとても大切です。

それぞれの季節の特徴を知り、「季節に合った生活をする」という事が、私達の健康にとても左右すると考えているからです。

 現代は、環境や食べる物、そして体重すら一年中変わらないのが良いと考えられています。

しかし、環境でいえば夏なら夏らしく、クーラーの中ばかりに居るよりも外に出て汗を沢山かいたほうが健康になるし、食で言うならば、旬のモノを食べるほうが健康にいいはずなのに、一年中同じ野菜が食べられています。

野生の動物は季節に合わせて、冬は寒さを耐える為に脂肪をつけ体重を増やし、夏には細くなります。現代人は身長に合わせて基本体重を決めている為、一年中同じ体重が健康とされていますが、人間だって、夏は小食になって体重は減るし、実りの秋には食欲が増し、体重が増えるのが普通です。

 私達は地球で生活をしている以上、自然の法則に乗って生きていく事が一番健康に成れるはずですですし、そのように先人たちから教わっています。

(自然の法則に添う=季節に乗る生き方)

 

 寒冷の季節の養生

 

 寒くなると実は引き締まるのは開閉運動の中心である骨盤が締まってくるからです。外界との境界である皮膚が締まることで、毛穴や汗腺が閉じて皮膚の密度が密になります。乾燥すると水分が身体からどんどん発散するので、身体に水分不足による影響がでます。

皮膚の水分が不足すると皮膚組織に血液や水分の供給が上手くいかなくなる為、皮膚に潤いが無くなりカサついてきます。

 

 乾きは眼・鼻・喉が痛む、咳が出る、身体が浮腫む、頻尿、皮膚の痒み、関節の痛み、胃の荒れ、痰が絡む、筋肉痛などは身体の水分不足の現れです。 身体が浮腫むのは、水分の足らない状態です。身体が水を捨てずに溜め込んで保温しているのです。

 唇の淵が切れるのは乾きと食べ過ぎです。踵のひび割れは骨盤の開閉と前後運動異常で腰椎4番5番の力がないのです。

肩甲骨間の胸椎5番が硬い人は、いくら水を飲んで素通りして吸収が悪い。この時期は鍋物などの汁物を食べて暖かい汁物を摂ってから水を飲むと吸収が良くなります。身体が乾くと皮膚からの吸収も良くなるので、水をかぶるのは冬がいいのです。

 身体が乾くと眼の疲れが顕著になります。指や腕を酷使する人は首と肩が強張って余計に目は疲れます。脇窩(えきわ=脇の下) の後ろの筋肉を摘まんで弛めると腕が弛みます。また肘を湯に付ける『肘湯』や蒸しタオルを肘に当てる『肘の温法』をすれば頸お腕が弛み、呼吸器が広がります。 

 この時期咳をする人が増えるのは、咳で肋骨を開閉して呼吸器を広げようとするのです。 

咳が出始めたら水を飲むことです。乾いている身体は筋肉の弾力と背骨の可動性が悪くなって、動作がスムーズにいかず、若々しさが無い。筋肉でも肌でも瑞々しいほど若々しい身体です。

 この時期から上手に水分を摂ることが身体の瑞々しさを保つ若返り法です。

 

 

 背中で息をする

 

 寒くなると肩をすぼめて上背部が硬くなってきます。肩甲骨の内縁上部(胸椎1番2番3番)は、目の急所です。目が疲れると

肩甲骨内縁部と座骨筋が縮み、気管に関係する鎖骨窩が硬くなって呼吸器を萎縮させて咳が出やすくなる。

胸の中央部は、胸腺と言う免疫力、自律神経の中枢でストレスの急所です。ストレスがかかると胸椎4番5番が硬くなります。

胸が硬い人はストレスを強く感じてしまいます。 

 胸を広げようとして胸を張ると深い息が出来ません。深く息を吸い込もうとするには、逆に胸を引くように弛めるのです。そうすると、背中に息が入って深い息の感覚が出てきます。

 胸郭部は足の甲に関連しています。足の甲が硬い人は胸が硬い。正座をすると足の甲が伸ばされて胸が弛みます。息は背中でするのです。そうすると、呼吸だけで背中の弾力を保持できます。肩甲骨で呼吸するのです。息を吸いながらお辞儀をすると、背中に息が入るのが実感されます。お辞儀は息を深くする型です。

 他人に気を使いすぎると鎖骨が縮んで肩身(肩幅)が狭くなり、腕が伸びにくくなり肩甲骨の間の胸椎5番から7番の筋肉が硬くなります。

 腰を低くして胸を弛めて静かに息を吸うと胸を通り抜けて背中から息が入って腹に満ちてきます。胸を閉じるほど中が広がります。合掌は胸の動きを封じ腕の緊張を解いて背中に息を吸い入れる型です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すみません。10月のお話は難しかったかもしれません。

しかし、今回、お伝えしたように身体だけを健康にすることは難しく、「生命は常に一つ」の存在である以上、「生き方」「考え方」が、身体の使い方や生活習慣にも出てきてしまい、それが身体を形成します。

ならば、「どう生きる」のか「どのように考えていく」のかが、健康を保つ為には非常に大切になってきます。

昔の人の「生き方」「考え方」が強い身体を作っていたのだと思います。

 会員さんに教室で言ってる事があります。

「簡単なことを習いにきても意味がないでしょう?簡単なことは自分で調べればいい。難しいことだから習いに来る価値があるんです」と。

私自身、昔の日本人の身体の使い方、生き方、考え方は、奥が深いと感心させられています。吉川先生がおられなければ、興味もわかなかったかもしれません。いまだに難しいと思っていますが、掴んでしまえば簡単です。

そして、また難しいがやってくる!(笑)

生きる事は成長です。

 

 

 

 他と共に調和する

 

 ヨガとは調和という意味です。動物は一個として完全調和して生きています。しかし、人間は一人では調和できない存在です。

常に何かと誰かとの関係性において調和することが出来るのです。その為に他と共に生きる必要があるのです。

 人間にとっての自然は、自然法則に隋う事ではなく、自然からも自分の意志からも自由に生きることです。自由とは、自分にも身体の中の調和システムのも隋わないことです。

 人は働きたいのです。誰でも何かの役に立ちたいと願っています。労働することは、他との触れ合う機会を作り、労働することで他との調和を形成し、生きる原動力としたいのです。働く事は人間の生きる要求であり、生きている証になるものです。

「働かざる者食うべからず」ではなく、働いて腹を空かして食べれば食の美味しさを味わう喜びを実感できるのです。

人間は常に他との接触を求め、言語を作り、道具を持って自他の関係性の間に発生する調和を求め続けています。互いに調和する感覚を共有して安定性を保つ営みを生活と云います。その共同性を裏切り犯す行為を犯罪として法律を作って戒めあいます。

人は生活を通じて自他の調和の姿を創造しようとしているのです。人との出会いは新たな調和を創造する機会となるのです。

  

 

 

 

 事実を歪めて生きる創造する力 

 

 人間は神経系の中枢である頭が異常に発達して、身体から独立した『意識』と言うものを作りあげました。

そのために、身体の要求を無視して身体に無理を強いたり、身体を壊してしまったり、過労死するまで酷使したりしてしまいます。

本来、身体の要求に従っておれば、疲れる前に飽きて眠くなってきます。そこで止めれば壊さないのです。

いろいろな理由をつけて身体を無視してしまうから、身体が痛みや熱を発して病むことに集注して頭の転換をしようとします。

 本来、身体は部分を組み合わせて作られたものではありません。最初は一個の細胞の全体があって部分が作られたのです。

身体は本来、全身が有機的につながって全体で一つです。生命は常に一つの存在です。

指一本を動かしたり、切ったりして全身が連動しています。しかし、意識では指一本の微細な動きが全身に連動していることは、なかなか自覚しにくい。身体が鈍っていれば余計に感覚しにくくなってしまいます。

 

 真剣という事は全身が統一せざる得ない状態であること。身体が意識せずに無意識に動いて、しかも、自然な動きになっている状態が全力発揮です。

 

 人間の最大の特徴は『事実を歪曲できる能力』です。貧乏の中に人の心の温かさに感謝し不遇の中に希望を見出す。

人間は少しぐらいの毒も薬に替えてしまう程に不自然で、身体に悪い事をしても許容できる幅広い適用力を持っています。

苦を楽に転換できるのも、人間の脳の機能です。多くの人は動物次元の自然や健康を追い求めています。しかし、人間的な自然が弱まれば生命力は脆弱化します。