自分の大切な存在が亡くなって。
どうしたって悲しかったり、辛かったり、もう文字では言葉では表現のしようない「気持ち」とか「感情」が。
自分の中に湧き起こるわけです。
それはもう、とめどなく……。
でね、そういう、ともすれば見ない・感じないでいた方がラクなんじゃないのか…、忘れてしまえたら楽なんじゃないのか…、そう思ってしまう自分の内側にあるモノ。
逃げてしまおうとか、忘れてしまおうとか、思ってるわけじゃないのに、
そうなることが、現実的に続くのが、社会で生活している「人間」。
亡くなった人が旅立つ為の儀式に始まり、亡くなったことに関する手続き、はかなりの時間と労力を使います。しかも、初めての体験なことが多い。そちらに意識が、頭が向かいます。
そうするとね、感情……「悲しい」、「切ない」みたいなことを、忘れるの。
置き去りになる。ラクになる。
そこにね、逃げ込めてしまえる。そんなふうに感じたんだな~。
逃げてる意識なくても、そうなるの。
一時、そんなふうでも良いと思う。
でも。
置いておかれているだけで、自分の内にその「哀しみ」はそのまんま在るわけなの。
見ないで逃げていると、それこそ、亡くなった時のままに……。
そして、ふとした瞬間に時間ごと引き戻される。
そのまんまじゃ、癒されないと思う。
私自身が、愛してるからこそ、愛されているからこそ、
今、私の内側にある気持ち、大事に見つめようと思う。