皆様、こんにちは😃

 

前回の記事に少し補足情報を加えます。

おそらく前回の記事でアンチJWであっても二世さんなら、もしかしたら気分を害した方が居られたかもしれません。

で、私の当時の背景と思いをお伝えしておきたいと思います。

 

私は10代でバプってますが 、その後両親のモーレツな反対に遭い自然消滅を余儀なくされました。まだ学生だったので親元を離れる勇気はなかったんです、ま、その程度の信仰です。

当時の私は二世さんたちが羨ましかったです。神に仕える、時に厳しくても優しく慈しんで世話をしてくれる親のいる二世さんたちが。私の目からは会衆の二世さんたちは皆、溌剌としていて幸せそうに見えました。

当時はたくさんの子供たちが会衆にいましたが、、、確かに叱られる子供はいましたけど、鞭打たれる子供を見たことがありませんし、私のいた会衆で鞭の話を聞いたことがないんです。私自身も子供(10代半ばから21くらいまで)だったので気づかなかっただけかもしれませんが。

どちらかと言えば、小さな子供たちはとても大切にされていると思って見ていたんです。とても羨ましかったです。

お金なんか無くったっていい、自分もあんな素敵な家庭で育ちたいなぁって思ってました。

あの緑の表紙の(古い方です)家族生活の本を一人で読んでは泣いていたんです。

 

何故なら、私は幼い時からある期間まで母親と次兄から虐待されていたので、殴る、蹴る、叩く、の無い家庭が羨ましかったんです。

おそらくそんな背景もあって私はJWの教えに傾倒していったのかもしれません。

 

おまけに、私の両親はJWではありませんが、ちょっとしたことで「躾」と称して、もの凄い体罰をされました。今思い出しても泣けてきてしまうくらいですから、鞭を受けて育ったJW二世さんも、きっと、辛くて辛くて堪らない記憶でしょうね。

 

両親の反対で離れて、大学を卒業した後、普通に社会人にはなりましたが、本能の赴くままに生活しました。自暴自棄的ですね。

 

結婚してもしばらくは地元にいたのですが、思いがけず転勤になったので関東に移動したんです。そこでJWの訪問を受けて復帰することになったのです。

私の親元も夫の親元も遥か遠くでしたから心置きなく戻ることができました。

その後両親にJWに戻ったことを話すと、母はカンカンに怒ってましたが、父は「嫁に出した娘だし、旦那が何も言わないなら口出しはしない」と言って表面上は認めてくれました。

 

そして、、、晴れてJWです。

 

離れてから10年以上サタンの世に彷徨い、結婚したとはいえ、心身ともにズタボロになっていました。だから、二世さん、とりわけ二世同士の幸せな結婚は、嫉妬はしないけど(そんな権利無い!)羨ましくて羨ましくて。だって私もJW同士の結婚は可能だったはずだから。

 

なので、チハル姉妹の反応が理解出来なかったのです。

心が聖書の教えで満たされて、夫からも大切にされている霊的な人が人の持ち物に関心を寄せるなど思いも寄らなかったのです。

自己弁護になるかもしれないですが、私は決して持ち物、その他のものを見せびらかせた訳ではありません。

実際には人が羨むようなものなど持っていません。

 

ただ、チハル姉妹だけでなく、会衆の他の姉妹たちの目にも私たちが裕福に見えたようです。 ???ですが、、、

 

 

それに関東では会社所有のマンションだったので、70平米ありながら家賃が駐車場代合わせて25000円でしたが、移動先では全て自腹で9万余でした。しかも私は条件が良かったアルバイトを辞めて来ている訳だし。移動して来た途端、家賃支出が増え、節約生活です。

 

でも私としてはJWに戻れて幸せだったんですよ。

 

だから、当時の私には二世さんの気持ちがまるで分からなかったのです。

未信者の夫を持つ子供のいない姉妹って、おそらく二世さんや三世さんの心のうちをまーったく知らないでしょう。

本気で幸せなJW家庭で育ってると思っていますから。

JWから離脱していく若者たちのことをまーったく理解できずにいます。

私自身も、確かに恋愛は不自由だけど、でも身の守りになるし、

やがては信者同士、幸せな結婚ができると信じて疑いませんでした。

 

私の方がチハル姉妹の境遇は憧れなのに、、、

どうして???だったのです。

 

この後、彼女が私に憧れを持ちながらも、支配しようとしたり、ライバル視してゆくのですが、JW社会の中でそんなゴタゴタに巻き込まれるなんて想像もしていませんでした。

 

続きます、、、