な   ぜ | あとりえまかろん まかろんのへや

あとりえまかろん まかろんのへや

ちいさな家族、まかろんとの日々をたいせつに紡いでいきたい‥ちいさな歩幅でゆっくりふたり歩いていきます。
つないだ手、いつもいつまでもはなすことなく‥




  い の り  8.1


ひまわり月一日

大好きなたいせつな、八月ひまわり月のはじまり

 

ほんとうなら‥‥とおもいを抱きしめつつ


それでも


いまも、これからもずっと

最幸に愛おしい月 のひとつ

あなたが、いのちをあたえられた月


  もひとつは、あなたと逢えた月

  初春月一月


そのことは永遠にかわりません



‥たとえ、この月にどんなおもいをすることになっても



五月末に、おおきなひとつのくぎり、原告被告尋問をおえて‥一審判決を待つあいだ

届いたニュースが三つ


自分たちのエテカッテな都合だけで、ちいさな家族たちを捨てた人たち、送検

そして、ゴルフクラブで愛犬を殴った人、逮捕

ハムスターを踏んづけた人、起訴

ありがとうございますm(_ _)mとおもう


でも!!どうじに

なぜ?なぜ?なぜ???

とおもう


捨てたらいのち 法律的に罪、送検

殴ったらいのち、逮捕

踏んづけたら、起訴


コロシたら、モノ  

襲わせてコロサセたら、モノ

コロサれたら、モノ

器物破損の、モノ保険適応


直接でなく間接だから?

でも、飼い犬という凶器を使ってコロシたのに?

故意でなく不注意だから?

不注意なら、かけがえないいのち、コロシていい?


ギャクタイとちがう?の??

いのちを無意味に(イタズラに)コロすことはギャクタイ

そして、犬に犬をコロさせることは

コロシた犬にたいして、だけではなく

コロサせた犬にたいしての、カイヌシのギャクタイでは?


事件当時、まわりにアドバイスされたような、保健所への連絡はしなかった

たとえ仮に、あの犬が保健所に連れていかれても、それは事件の本質とは違うとおもった

もちろん、あの犬にニクシミがないといえばうそになる

ご近所でしょっちゅうすれ違うたび、恐怖と悪寒におそわれる

吠えかかられたりもしてきた

あいかわらずノーリードで飼い主の付き添いもなく自由にあの現場を走っているのもみた


そんな姿を見たくない、のは本心だけど

あの犬がたとえ視界からきえても、それでこの事件が終わりというのは、まったく違うと感じたので、保健所への連絡はしなかった

公判中でのあのかたの言動には、「保護犬をとても大切にしている」と言いつつ、あの犬に責任転嫁するようなものが目立った

「じぶんはわるくない、この子が勝手にした」というような‥


もちろん、逮捕されようが送検されようが

もし仮にすごい重罰になろうが

まかろんは還らない

ふたりのじかんも還らない

それでも


せめて、これ以上、なぜ、をふやしてほしくない


法律は不平等?

公平であるべき法の適用に納得がいかない

まかろんはモノ?まかろんのいのちを愛護法は無視?


前述の三つニュースを目にしたとき、辛く哀しい出来事(捨てるとか殴るとか踏んづけるにいたってはザンギャクすぎる)ながらも、その後の法的処置にははとても納得できた

それに比べて、なぜ、ふたりの事件はモノ扱いでおわるのか、理解も納得もできない


そうでなくとも

じぶんの命よりたいせつな存在の命を、一方的にザンギャクな形で奪われたことにたいして

この三年とすこし、ひたすらに

なぜ、と問い続けてきた


「なぜコロしたの?なぜコロさせたの?」と‥


それだけをこの三年とすこし

一日24時間×60×60

おもいつづける

これからも永遠にといつづけるしかない


いまも、まかろんの12時間の悲鳴と痙攣と、血を吹いた光景が、ねえねの脳裏をずっとリフレイン

フラッシュバックではなくリフレイン

まかろんの好きなものをたべていても

ふたりの好きだった景色をみていても

ふたりのお友達と笑っていても

たえず、こころのすみでちいさくおおきくリフレイン


今月18日の一審判決

お盆休みもはいるので‥すでに判決文はできているのかもしれません

すくなくとも、骨子はできているはず

確定してるのだとおもいます


判決から先、なにを選ぼうが、裁判はいつかおわる 

それでも、ふたりにとって、ふたりの事件はおわりません

双方のいのち尽きるまで‥

いえ、ねえねのいのち尽きても‥おわりません


いのち にどとかえりません

そこから先のあったはずの時間

にどとかえりません


うばわれた時間、うばわれた刻

どんなじかんが、あれから先ふたりにあったはずなのか

どうあがいても、わかりようがありません

王子はどんな老後をすごしたのか

病気になったのか

どんな召されかたをしたのか

想像もできないこと


あの事件がなければ、いま

ねえねは、毎日病院通いに必死なのか

それとも意外に、関節痛以外はなにもなく

騙し騙し、よたよたよろよろしながら

「ふつうの暮らし」をしているのか


あるいは

なにかの病で、すでにいのちを召されてるのか

そのことを、ふつうに哀しみつつ

18歳のお誕生日をむかえようとするのか


先日、日本動物愛護協会さま宛に、お手紙をさしあげました



もうお手元に届いているはず


動物愛護の法と精神は、ただしく平等に適用していただきたい

そんなねえねのひたすらな祈りと願い

そして、なぜ、というおもい、をこめて


開封してくださるか否かはわからない

まして、お返事がいただけるとはおもってない

ただ、さしあげずにはいられなかった


 ねえねも何度か経験のある配達間違いは避けたく

 配達証明での郵送とさせていただきました


ほんとうなら、ことしのいまごろ

同協会様宛には、今月の18歳の表彰状申請のご連絡をしているはずのタイミング

  =小型犬は18歳で賞状をいただける

なぜこんな手紙をおおくりすることになるのか


関節は昔からわるく通院もずっとかかさなかったれど、事件直前と内臓にはなんらわるいところはなく、ドクターにも常々「とても華奢にみえるのに、ほんとうに心身タフですね」と褒めていただけてきた、まかろん

もちろん、命のことはどうなるかわからないけど

ねえねには、あの事件がなければきっとかならず、来月には、18歳の賞状をいただけたはず、とおもう

一日24時間、たえず悔しさばかり


それでも、まず、裁判という区切りをつけること

そのうえで、この最愛の存在を愛し続けること

ねえねの、これから人生においての唯一の支え


突然不自由になり生きることを哀しむばかりの母と、その傍らで心がつぶれそうな娘のねえね、その二つの命を救ってくれた存在

まかろん王子  


あなたへの愛と感謝

それだけが、ねえねのいのちを生かしつづける理由


  あなたをうしなわない

  あなたをうしなわないために生きる


ふたりぐみのかたわれは、きょうもそのために

生きています