うん?なんかとどいた?
七夕月ごちそうのひ
こんげつ十日の
ふたりからふたりへの贈りもの
こんげつは、四つ
鉛筆画
星祭り月ふたりの10.11日の贈りもの
よっつのうちのひとつめ
これは、あの朝のボク 2023.5.11 4:30〜6:40
心臓の鼓動がとまってしまって
ボクにはなんにもできなかった
ボクのかたわらで、とてつもなくショックをうけて
ありえない状況に、じぶんの心臓もとまってしまいそうな、そんなねえねに
ボクができることは、もう「なかった」
だから、せいいっぱい
ボクはこの瞳をのこした
やさしい瞳
ひいおばぁちゃんのさいごのときの瞳
ちいさなねえねが、プリンを食べさせてあげたときの瞳
いつも、ねえねとママはいってた
まかろんの瞳はひいおばぁちゃんそっくりだよね、と
そして
ママのさいごの西日の時間の瞳
それも、まったく、その瞳とおなじ、だった
そんな瞳を、ねえねにのこした
この瞳が、ねえねをささえてくれる
ふたりの暮らしをまもってくれる
おなじ作家さまによる鉛筆画は、あと二枚
一枚めは、ボクが12歳のときの、ねえねへのお誕生日プレゼント
そうして
二枚めの、ツーショット鉛筆画は
ふたりの一周忌のための、ふたりからふたりへのプレゼント
ボクの一歳のお誕生日パーティのときのツーショット
この鉛筆画に添えられていた、サプライズのフォトブック
さいごの頁
まかろんくんが宇宙一番幸せだったことを‥
筆が教えてくれました。
そうなのだろうか
そうありたい
このことばを拝見したときねえね号泣
あの日からかなしみで泣いたことはない、ねえね
うれしくて号泣
そうありたい
そうであってほしい
もしもしもしもそうなら救いがあるのに と
このお箱がとどくと、いつも
やさしい気持ちにつつまれる
今朝も、道の反対側歩いてて
シャッターの向こうから、あのイヌにひどく
唸られ吠えられた
週ニくらいは吠えられる
たぶん、においの風むき
ふたりのいのちを奪ったことを
あの人たちはわすれても
あのイヌはおぼえてるのでしょう エモノとして
おそらく、一生おぼえてるのでしょう
ねえねもおぼえていますよ
王子にはわすれてほしいとそればかり祈るけど
あのイヌとねえねは、いのちつきるまで覚えてる
ねえねは、いのちつきても覚えてる
裁判はひとつのくぎり
けじめにすぎません
もちろん、たいせつな、なくてはならないけじめ、です
それがなければ歩いていけません
裁判をさせていただけてきたことに感謝しかありません
それでも、それはひとつのくぎり、けじめ、にすぎないこと
判決がどうあれ、なにも還らない
そして
裁判が終わることは正直こわい
裁判はいつか終わる、終わってしまう
つぎのステップを選ぼうが、それはかならず終わる
裁判は、あのひとたちとしょっちゅうすれ違うときの、ねえねの心の鎧
そして、あの日からこちらのせかいを生きる、ぎりぎりのつっかえ棒
まわりのやさしい声は、はやく裁判終わって落ち着いたらいいね、と言ってくれる
でも
裁判が終わったら、ねえねの心を守ってくれる鎧がなくなる
生きてゆくつっかえ棒がなくなる
とてもとてもこわい
終わってからは、永遠につづく
「いばらのみち」覚悟しています
それでも、あたまをあげて
あの道を歩きつづけます
あの道はふたりの愛おしい道ですから
ふたりの暮らしをつづけます
この瞳が、ねえねをささえてくれる
ふたりの暮らしをまもってくれる
そう、しんじています
「まかろんくんが宇宙一番幸せだったことを‥」
あなたがほんとうにそうおもってくれるなら
あんな残酷な最期をあたえられても
あなたを守れなかったねえねなど信じられなくなってとうぜんの最期でも
あなたがもし、ねえねといてしあわせだったとおもってくれるなら
それがほんとうなら
この瞳が、もしもしもしもその証なら
すこしは救いがあるのに と
前回公判の原告被告尋問
謄写申請をしていました
コピーが届きました
悔いはまるきりない、そんな時間にできました
そのことに、感謝しかありません
裁判をさせていただけたことには、いまも、いままでも、これからも、感謝しかありません
もちろん、判決はべつものです
この、どさっと分厚い紙のかたまりに、ふたりの
いえ、母とさんにんのおもいがこめられています
おもいのすべて、とはいいません
尋問に関して打ち合わせなどしない!
と、はっきり仰ったこちらの弁護士さん
お相手の弁護士さんに裁判官さまから
それぞれからの質問は、なにを尋ねられるかまるきりわからないなか
人生一度ないケースのほうが多い、あんな席で
宣誓をして
ひたむきにおこたえする
言いたいこと、すべて言うつもりでも
はんぶんもいえませんでした
言葉えらびも、その瞬間、ベターではない発言もしています
それでも
悔いはない
この謄写文書を手にして、そうおもえることが
この星まつり月のふたりの日 7.10.11
の贈りもののふたつめです
あなたとともに生きてゆきます
ともに生きられないというなら
ねえねのいのちはいりません
うばわれたじかんをとりもどそうと
そのために
ふたり生きてゆきます
せんじつ、ある記事をみかけた
海のむこうでは、現在、クローンによるペット「再生」がある程度ふつうにおこなわれているとか
たしかにかなり以前から、そんな話をちらほら
なので
まかろんねえね、たまたま陳述書や、以前からの裁判所へ提出する文書で、なんどか「たとえクローンがつくれても」と言及してたきた
ママとの記憶がない、ねえねとの歴史がない
そんなクローンという存在は
まかろんそのもの、ではないと、感じられる
なので、たとえクローンを返してもらっても
まかろんを取り戻すことはできない、と
一瞬惹かれないわけではないけれど
ねえねには倫理観の問題ではなく
まかろんそのものと感じられるかどうか
まかろんほどには愛せないきがする
まかろんにそっくり?だから?愛そうとおもうかもだけど
まかろんの細胞からつくられたのだから、そのことはきっと、とても愛おしいとおもうけれど
まかろんほど愛せなかったら、自然に愛せなかったら、その子もねえねも不幸
そっくりだから‥細胞そのものだから‥愛そう、そうあたまで理解して愛するのって、ちがうきがする
即渡航をすれば、不可能ではない
クローンをまかろんそのものと感じられるなら、裁判でクローンにして返して、と主張したかもしれません
(クローンにしたから、その費用を?と)
モノ扱いされて!「弁償」というなら
そうしろよ!とつい言いたくなる
弁償って、本来は同じモノを返すことだから
今の法律(最愛の王子をモノとする)内では、クローンが、弁償の本来の意味にいちばんちかいのだろうともおもう
まかろんが年寄り犬だというなら、細胞の老化をはやめれば同世代にできるかもしれない
そう主張しないのは
ねえねには、クローンがまかろんそのもの、と感じられないから
とはいえそれでも、クローンでしあわせになる命があり救われる人がいるなら、それはそれでありなのかもしれません
あの日までのふたりの暮らしが‥
まかろんそのものの笑顔といのちが‥
とりもどせるなら‥
いえ、あなたに本来あるべきだった時間をあなたにとりもどすことができるなら‥
あなたからあの瞬間の記憶をなくすことができるなら‥
ねえねはなんだってどんなことでも即決し
なんだってやってみせる
そして、それだけは、きっとどんなに科学が発達しても不可能
いま、三年ちょっとまえの選択肢に感謝しています
でなければ、ねえねはこちらにはいなかった
そんな感謝が、七夕月10.11の贈りもの
三つめ
2026.7.10 七夕月ごちそうのひ
けさは夜明けいちばん、またやりきれない記事を目にした
リードがはずれて襲う襲われる
♡⃝⋆˻˳˯ₑ⋆♡⃝まかろん♡⃝⋆˻˳˯ₑ⋆♡⃝
🐾母からのさいごの最幸のおくりもの🐾
しずかなしずかな波打ち際 のような空
雲の飛び石をわたって
空という海のむこうのローズ色の山まで
歩いていきたい
「かなしいときは海を見にゆく」
というより
やりきれないときは空という海のなかにいたい
ふたりでひとり
ローズ色の鳥になる
ふたりでひとり
空を駆ける
きょうは、きっと、こころして
しずかにおだやかにすごす、はずが
朝から夕暮れぎりぎりまで
あたふたしてばかりの一日
空のした
ようやく息ができる
あなたの寝顔をを窓ごしにみてる
ごめんね
王子さま
あすこそは、おだやかに
きっとおやくそく





































