うかい亭のこと‥入院中の母の食欲のこと、ご飯のこと‥思い出して、またまた長いひとりごとm(__)m
母が入院中は、ご飯食べてもらおうと必死で
毎日毎食、おやつも持っていってた
~フルタイムの仕事してたけど、たまたま地元にいたのは幸運~通勤前の夜明け通院にはじまり、特別延ばしてもらったお昼休み往復に、夕方は速攻退社で消灯まで、かなり「命がけ」で(笑)通ってた
もともと好き嫌いはげしい母
しかも、いきなり自由を失ったショックで、全く食欲ってものなくしてた
っていうか、生きる気力をなくしてた
ありとあらゆるもの、持ち込んだ
夏の間は毎日、大好きなスタバの「かき氷」も、バスの時間はかって、ギリギリ運んだ~信号待ちで止まるたび、ドキドキしながら運んだ
ついには、ホットプレート持ち込んで、母の大好きなガーリック効かせて、牛さん焼いた~母は、豚さんも鳥さんも苦手だったから
そしたら、看護師長さんがすっ飛んできて
叱られる>_<とおもった
なのに‥
「あんまり美味しそうな匂いだから、ほかのお部屋の方が羨ましい!って、言ってますよ♪たくさん食べましょうね💓」って
そんな、やさしい思い出もあった
もちろん、お香、たいたときは火気厳禁って叱られたし~ゴミ箱のマッチ一本で発覚、ちゃんとゴミ箱チェックするんですね~
私が毎晩、母のそばでワイン飲んでるのも、できたらご遠慮くださいって言われた‥堂々とおっきなマイグラスやボトル、病室に置いてた人^^; 付き添いも院内では禁酒らしい(u_u)
そのときも、「お辛いのはわかりますから、どうしても飲まれたければ しかたありませんけど‥」って遠慮がちに言われて、ちょっと母と顔見合わせて笑ってしまった
「お辛く」なくても、飲むんだけどね~って(笑)
そんな病室の毎日
九ヶ月間、私も病院が我が家だった
ほんとの家は、新築以上のリフォームで埃とオガクズまみれ~足の踏み場もなくて
そんな埃まみれの部屋でインフルエンザにかかって震えてる私に、大工さんが、苺 差し入れしてくれたっけ
当時は必死、たいへんっておもってたけど
いま思えば、幸せがたくさんたくさん詰まってた毎日だった
母は、極度の精神不安定、ま夜中に病院から呼び出されて駆けつけることも度々だった
それでも、いま思うと、母はふつうに心から笑ってることもあった
母がすこしでも笑ってくれたら、最高に幸せだった
二人でたしかに寄り添ってた
なにがあっても、かならず一緒に
我が家で ともに過ごすと
ドクターたちの反対乗り越えて
二人三脚を決めた日々
たしかに、あれは幸せな日々
‥でした‥
だから、きっと
いまも‥
すこしくらい哀しかったり寂しかったり
なにかあっても
幸せな日々なんですよね
きっと
ちっちゃなふわふわ、抱きしめながら
なくしたものを、つい思いそうになりながら
いま、この掌のなかの幸せ、気づかないとっておもいます

今日も まかろんの部屋をお訪ねいただいて、ありがとうございます
みなさまに、やさしい一日を‥