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少しお休みしてましたが、今日からブログを再開したいと思います。
私は朝鮮高校卒業後、東京にある、朝鮮大学校に入学しました。
政治経済学部というちょっとお堅い名前の学部で4年間学びました。
朝鮮大学校は、朝鮮高校卒業生や日本学校からの編入生が
全国から集まります。
そして、全寮制です。
4年間、寝食をともにするということは、本当に苦楽をともにすることで、
卒業して約20年が経つ今も根っこのところで繋がっていて、
何年ぶりに会っても昨日まで一緒に過ごしていたかのような
そんな不思議な、とても深い連帯感が生まれます。
私が入学した頃は、朝鮮大学校の歴史の中でもっとも学生数が多く、
所属していた学部も学内一と言われる学生数でした。
そのほとんどが男子学生で、女子は学年に1~3人。
私の同級生は多くて、それでもやっと7人いたくらいでした。
当時の学部気風からして、女子は「女子」と見なされず、
また女子も「女子扱い」を望むようなタイプではなかったので、
ほんとうにボロ雑巾のような扱いを受けたものです(笑)
その中でも、大多数を誇る関東勢で番長肌的な、
いわゆる「ジャイアン」的な存在のある男子は、
女子にはとても優しく、ちょっかいを出しながらも愛情に溢れていて、
私たちを決して忘れず、見守ってくれるお父さんのような温かさが
ありました。
その彼が、先日 長い闘病生活の末、亡くなりました。
闘病生活のことは、ほとんどみんな知りませんでした。
やせ細り、足が悪くなり松葉杖で生活している姿を
誰にも見られたくなかったようです。
男気のある、そしていつも明るい彼らしい選択だと思いました。
昨日、お通夜に参列してきました。
祭壇の明るく笑う遺影を見て、涙が止まりませんでしたが、
全国からほとんど集まった同級生で、「あいつのために笑って見送ってやろう」と
お酒を飲み交わしたことで、気持ちが切り替わったように感じます。
とんぼ返りで京都に戻ってきて、顔も見れなかったので
まだ実感が沸きませんが、彼は彼が笑顔を振りまき、
元気を与え、力を与えた全ての人達の心の中で
ずっと行き続けると思います。
今日、告別式です。
この時間、彼を思いながら見送りたいと思います。
長々と全くの私ごとですみませんでした。
明日からいつもどおり、ハッキョのことなど明るく更新していきます
