バブルと言えば
マハラジャに代表されるようなディスコの全盛期で
女子は皆、ワンレン・ボディコンのスタイルだった。
言いすぎかな・・・と思ったけど
思い返しても、まあそんな感じだったよね。
私も背中まで髪を伸ばしていた。
痩せすぎててどんな服を着てもボディコンにはならなかったけど、
まあ、そんな感じの服を着ていた。
で、その前はどうかと言うと、
サーファーっぽいのや、なんとかトラディッショナル略して○○トラ
なんつーもんが流行っていたと思う。
まず夏は肌を焼く。
小麦色になるまで焼く。
ヘアスタイルはサイドだけの部分パーマ。
服装はトレーナーにボックスのスカートとか履いていたような気がする。
そう言えばハウスマヌカンと言う職業が注目されていた。
私ら非ヤンキーは都心で働くOLに憧れ、
元ヤンは美容師かアパレル系に憧れていたようだ。
当時のハウスマヌカンは高慢ちきだった。
ダサい客には「いらっしゃいませ」も言わず最後まで完無視。
客は店に一歩踏み入れただけで、ものすごいアウェイ感。
だから店のマヌカンと友達になるのは一種のステータスだった。
ま、今でもそんな店あるけどね。
サマンサタバサの店に行ったとき、そんな扱い受けたけどね。
そしてその時代、デートと言えば湾岸線のドライブ。
海辺のカフェに行くのがおしゃれだった。
デートの前の晩はドライブで聴くカセットテープを
せっせと用意していたなぁ。
サザン、ユーミン、チューブ、プリンセスプリンセス・・・たまに嘉門達夫。
なぜか運転席と助手席のシートにTシャツをかぶせているのも流行っていた。
あと、土足禁止も・・・。
今ではあまり土足禁止の車ってないよね。
この時代、あったんだなーー。
そして赤い車が大流行していた。
なかでもマツダのファミリアが一世を風靡していた。
(もちろんロードスターもね)
後々、カッパさんに聞くと、
初めて買ってもらった車が赤のファミリアだったらしい。
バカも乗ってたんだね。
でも司法試験勉強中のカッパさんは
バブルなどどこ吹く風。
バブル世代なのに会話が合わない。
ファミリアだけは乗ってたくせに会話が合わない。
合コンもディスコも経験なし。
司法試験をあきらめた時には、もう不景気の冷たい風。
ディスコも次々につぶれていった。
しゃぶしゃぶ食べ放題の店も閉店していった。
あ~~寒っっ!!
でもね、カッパさんは全然悔しくないんだよ。
彼の中では今がバブルなのだから。